加工屋への道のりは、 正規の街道から外れた道無き道を行くものだった。
それでも、 草を踏み分けた痕跡を残さないためなのか背の低い草地を選んでい るようだ。存外に進みやすい坂道を、 一行はどんどん登っていった。
その間も、霜月は幾度か沈黙に耐えきれず、 隣を歩く翳にしつこく話し掛けていた。
「なあ、お前、何でこの盗賊たちを追い掛けてたんだ?」
「……」
「お前も紫彗片狙ってたのか?」
「違います」
「じゃー何で?」
「話す義理はありません」
冷たく突き放され、霜月はむうっとむくれてしまった。この、 むくれてはまた話し掛け、 というやり取りが何度も繰り返されたのだった。
行く先から水の流れる音が聞こえてきたあたりで、アラクが「 そろそろ黙れ」と低い声で告げた。霜月はその声色に気圧されて、 きゅっと黙り込んだ。
(……?)
てっきり、うるさいから黙れと言われたものだと思ったが、 アラクの言葉を堺に、 翳も盗賊たちもあからさまに纏う空気を変えたのを感じた。 翳は左手で刀の鍔を微かに持ち上げ、 盗賊たちはどこか焦燥感を帯びた顔をしている。 何かただ事ではない気がして、 霜月もそれきり緊張しながら歩を進めていった。
しばらくすると、 聞こえていた水の流れる音の主である小川を見下ろせる小高い崖の 上に出てきた。小川の一帯は、 見上げると木々の枝葉で空が遮られ、少し薄暗い。 小川の対岸の崖の上は背の高い草木で覆われ、先が見えなかった。 崖の高さは大したことはなく、 落ちてもせいぜい打撲程度であろう程だった。
一行は相変わらず妙な緊張感を帯びながら、 小川のほとりの砂利道へ下りられる短い坂を下っていく。 砂利道は大人が5人ほど並べる広さだった。
「……それで隠れているつもりか?」
砂利道に出て数歩のところで、アラクが突如口を開いた。 聞いた盗賊たちの表情が強ばった瞬間、 先程崖の上から見えた対岸の草木の闇から、何か光るものが数本、 高速でこちらに向けて飛んできた。
「うわあああ!?」
「貴方は下がってください!」
狼狽える霜月を、翳が無理矢理押し退けて前に立つ。刀を抜き、 飛んでくるそれを素早く叩き落とした。 からからと音を立てて砂利の上に落ちたそれは紛れもなく矢だった 。
「シマキ!射手を仕留めろ!」
アラクの声にシマキはすぐに従い、 対岸の草木の闇をきっと睨みつけながら、 鋭利な刃のような突風を闇に向けて放つ。 草木を切り裂く音だけがしばらく鳴り響いていたが、 それきり矢は飛んでこなくなった。
そうして矢を凌ぐも、 体制が乱れたと見るや大人しくついてきていた盗賊たちが霜月たち に襲いかかる。それだけではなく、 木々の上やら草の陰やらから何人か盗賊たちの仲間と思われる者た ちが続々と姿を現し、あっという間に霜月たちを囲んでしまった。 3人は自然と背中合わせになり、 自分たちを囲む盗賊たちと対峙した。霜月と翳が向く方に3人。 アラクが向く方に4人だった。
「も、もしかして、さっきアラクが黙れって言ったの……」
「こうなることを見越してのことだ」
紫彗片の加工屋は、 山奥に工房を構えて決して人里へは降りてこない。 水も食料も確保しやすい川の近くに潜んでいることが多く、 更に加工品の運び屋も兼ねた加工屋の「守り」が、 数人常に周辺に控えているのであった。
アラクは水の流れる音を聞いてすぐに加工屋が近いことを確信し、 「守り」の気配を探るべく霜月に静かにするよう促したのだ。 盗賊たちが焦ったのは、全てを勘づかれてしまったからだった。
「気付くのがほとりに下りてからなら、上手くいったのに」
アラクが向かい合う相手の中に居る、 あの赤茶けた長髪の少年が恨めしげに言った。 対するアラクは表情を変えず、
「 これまでに数え切れない程の盗賊や加工屋を相手にしてきたからな 」
と抑揚の少ない声で言った。
アラクの背で2人並んでいる霜月と翳は、 かたや落ち着きなく敵を見回し、 かたや冷静に打つ手を考えている。
「……霜月さん、貴方丸腰で戦えるんですか」
「や、武器が無いとだめだ」
「まったく……」
武器を準備する猶予が無かったことは仕方が無いので、 翳は霜月を大して責めなかった。少し考えた後、 翳は腰に差していた脇差を鞘から抜き、霜月に手渡した。
「これしかありませんよ」
「おお!ありがとな!むしろこんくらいの長さが丁度いいや!」
霜月は抜き身の脇差を受け取り、意気揚々とそれを構えた。
だが、その威勢もすぐに消えてしまうことになる。
「みんな、抜け!」
赤茶けた長髪の少年の声とともに、残りの6人は刀を抜き放った。
(!!)
霜月はその刀身を見て青くなった。目の前に居る3人の刀は、 紛れもなく紫彗片の刃を持っていたのだ。 2人には見えていないが、背後でアラクが向かい合っている敵も、 赤茶けた長髪の少年以外は全員紫彗片の刀を構えていた。
「えっ、こんなん勝てる訳……」
「当たらなければいいことです。あと、 くれぐれも脇差であの刀を受けようなどと考えないように」
「よ、避けろってことか!?3人一気に来るのに!?」
2人の会話に割って入るように、 敵の3人の中の2人が一度に霜月へ向かってきた。同時に、 アラクの方でも敵が動き出したらしく、 アラクが砂利を蹴る音が聞こえた。
それを確かめると、霜月は2人の斬撃を跳び退いて避けた。 そうして出来た敵の一瞬の隙を突き、 翳が片方の敵の腹を目掛けて疾風のような居合いを放った。 敵は身体の上下を切り離され、無造作に崩れ落ちた。 すぐにもう一人を仕留めようとしたが、 すでに距離を取られてしまっていた。
刀を脇に構え直し、体制を整えながら、 隣で呆けている霜月を横目で見た。呆けてはいるが、 無残な死体を眼前にしても大して動じていないようだった。
「霜月さん。これで一人ずつ相手に出来ます。 そちらは頼みましたよ」
「え!?あ、おお!任せとけ!!多分!!」
霜月は紫彗片の刀を前に、まだ緊張を隠せずに、 曖昧な返事をした。
(そういえば……)
一度に4人を相手にしているアラクは大丈夫だろうか。
背後の音に聞き耳を立てようとしたが、 その前に敵が紫の刃を掲げて走り込んできた。
霜月の心配を他所に、アラクは善戦を繰り広げていた…… というよりも、ほぼ一方的に敵をねじ伏せていた。
霜月と翳が一人を倒す一瞬の間に、 アラクは3人の敵を叩き伏せたのだ。相手は赤茶けた長髪の少年、 ただ1人。その赤茶けた長髪の少年は、 悔しさと恐怖が混ざった表情でアラクを睨みつけていた。
「アンタ、化け物か……?」
「さあ、どうだかな」
赤茶けた長髪の少年と他の3人は、 相手は1人だと一挙にアラクへと向かってきた。しかし、 アラクは休むことなく降り注ぐ紫の刃を全て回避しつつ、 巧みに攻撃へと転じ、 回し蹴りや手刀のたった一撃で3人を昏倒させたのだった。
「私は大勢を相手にする方が得意でね」
そう言いつつも、 赤茶けた長髪の少年のみを見据える体には隙など一切無かった。
が、ぎりぎりと奥歯を噛んでいた少年は、ふと溜息をつき、 少し口角を上げた。
「仕方ない……なら、これはどうさ!!」
そう言って、少年が一度両手を振り上げ、 もう一度力を込めて振り下げると、両腕に炎が纏い付いた。
「ほう、火の『万気(ばんき)』の使い手か。だが、 ここは川のほとりだぞ」
「るっせえ!!どうにでもならぁ!!」
少年は両腕の炎を大きくし、 小さな炎の渦をアラクに向けて放った。
霜月はなんとか紫の刃を躱し続け、 何度か懐に潜り込んで脇差を振るったものの、 戦闘不能に至らしめる傷にはならず、 勝負は平行線の一途を辿っていた。
「霜月さん!」
先に相手を切り伏せた翳が霜月に加勢しようとしたのと同時に、 背後から強烈な『火万気』の気配を感じ、 思わず足を止め振り向いた。赤茶けた長髪の少年が、 両腕に炎を纏っているのが見えた。
「あ!?翳!?アラクやばいのか!?なら俺よりあっちに!!」
「いえ、そんなことはないんですが……」
霜月は翳の曖昧な返事にいても立ってもいられず、
「あーもー!!じゃあ俺があっち行くから翳こいつな!!」
と言い、翳の返事を待たぬまま踵を返して行ってしまった。
あの鉄砲玉のような性分はなんとかならないのかと思いつつも、 内心では胸をなで下ろしていた。
(『火万気』を相手にしたら、僕はどうなるやら……)
それだけ思い、標的を自分に切り替えてきた相手を見据えた。
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