霜月は鉈を片手に、家へと歩を進める盗賊の頭の前へと立ちはだかった。頭はぴたりと足を止め、出目金のような目を動かして霜月を見下ろした。
「そっちから出てきてくれるたあ、親切なこった。小僧、ここに紫彗片が落ちたはずだろう?どこに隠したか教えろ」
霜月の睨み付ける視線を意にも介さず、頭は尋ねた。
「いやだ!!教えたら村のみんながしょっぴかれちまう」
「ほう。けどな、教えなかったら村人の命……どうなるか分かってるなぁ?」
レイと予想していた通りの運びになった。ならば、取れる選択肢はただひとつ。
「村のみんなに手出しなんかさせねえ!!お前らを追い払う!」
ぶん、と右手の鉈を突き出し、構えた。それを見た頭はフン、と鼻で笑い、腰に下げている刀の柄に手を伸ばした。
「そんなナマクラな得物で、俺様のコイツに敵うと思ってんのかぁ?」
頭が自慢げに刀を抜く。すらりと現れたその刀身を見て、霜月の顔色は驚愕に染まった。
透き通るような美しい紫。月や星の明かりを反射して妖しく輝いて見えるそれは、まさしく紫彗片のものだった。頭はその刀身を恍惚とした表情でしばし見つめてから、霜月へと視線を戻した。
「最も美しく、そして最も強い……。小僧のそいつなんざ、紫彗片の前じゃあ小枝も同然よ」
「そ、そんなのやってみなきゃ分かんねえだろ!!」
相手の圧倒的な有利を目の前にしても、霜月は退かなかった。もし追い払えなくとも、凶片狩がやってくるまで時間を稼ぐことができれば。そう考え、暫し鉈を構えながらその場を動かずに相手の様子をうかがった。一向に動く気配のない霜月の考えを察したのか、頭の方から行動を起こした。
「来ねえなら俺様から行くぞォ!?」
紫彗片の刀を掲げ、ドスドスと霜月に走り込んでいく。動きの大きさに反して、随分と脚が速く感じた。すぐに霜月を間合いに捉え、刀を力任せに振り下ろした。
霜月はそれを右へ踏み出してかわし、そのまま身をひるがえして背後を取った。その勢いのまま頭の太腿に斬撃をお見舞いしようとするが、頭は身を起こし刀を身体ごと右に回転させて振り払う。霜月は紙一重で飛び下がり間合いを取った。頭は不気味に笑いながら再び霜月に迫る。先程よりもさらに攻撃の速度が上がり、霜月は回避し続けることを余儀なくされた。
「おいおいさっきの威勢はどぉしたんだよォ!?」
「うるせっ……」
このまま回避を続けていれば時間は稼ぐことができる。無理に反撃に転じることはしなかった。頭もそのうち時間など忘れ、霜月を斬るという目的に夢中になっていた。
しかし、霜月もまた頭にばかり気を取られていたせいで、残り4人の盗賊たちの存在は意識の彼方だった。それが仇を招くことになる。
「ーーひっひいいい!!」
霜月と頭が戦う前方、レイの家とは別の家から男の悲鳴が上がった。残りの盗賊たちが、家に押し掛けていたのだ。
「あっ!!」
霜月は悲鳴に注意を逸らされ、一瞬頭を意識から外してしまった。その隙を突き、頭が霜月の脳天をかち割らんと刀を振りかぶる。
「ヒャハハァ!!死ねええええ!!」
霜月ははっと頭に向き直るが、そのときには紫の刃は目前に迫っていた。
(やばっ……)
咄嗟に鉈を突き出し防御を図ったそのときーー
「待って!!」
レイが家から飛び出し、叫んでいた。頭はピタッと刃を止め、レイへと顔を向けた。霜月も目を丸くしてレイを見た。
「レイおばさん、なんで……!」
「紫彗片の場所を教えます!だからもうやめてください!」
レイが涙ぐみ、頭に懇願する。頭は暫し考えていたが、やがて口を開いた。
「最初ッからそうしときゃあいいのによぉ」
ニヤつきながら刀を納め、家に散っていた仲間を呼び戻した。霜月は呆然とその様子を眺めていた。
「霜月くん、大丈夫?怪我はない?」
「レイおばさん……その……」
結局、何の力にもなれなかったこと、レイに心配をかけてしまったこと、これから村がどうなってしまうのかという不安。霜月の心を暗い混濁が支配する。
俯き、小さく謝ろうとしたとき、頭が大声で遮ってきた。
「よぉし!おい、隠した場所に案内しろや」
紫彗片の隠し場所は、運ぶのに同行した霜月が知っている。霜月は、本当にいいのか、という表情でレイを見つめた。レイはかすかに不安げではあったが、こくりと頷いた。
頭に急かされ、霜月は後ろ髪を引かれる思いで盗賊たちを先導していった。
裏山を登り、紫彗片を隠した場所にたどり着くと、頭は目玉が取れそうな程に目を見開いて歓喜した。
「ガハハッ!!こいつぁまた上等じゃねえかよぉ。おいお前ら!さっさと荷車に乗せちまえ!」
命令された4人の仲間は即座に紫彗片を囲み、持ち上げた。
霜月はその様をただ見ていることしか出来なかった。
(俺が、もっとしっかりしてりゃ……)
歯を軋ませ、爪が食い込む程に拳を握る。これで、村は紫彗片を盗賊に引き渡した罪で裁かれてしまうだろう。不安が腹の底から這い上がってきた。
そのとき……
『ーー村を救いたい?』
霜月の脳裏に、奇妙な声が響いた。驚く間も無く、その声は強烈に霜月の意思を引き付け、掴む。
が、その感覚は一瞬で遠ざかり、霜月をまた現実に引き戻した。そのときすでに、盗賊たちは紫彗片を積んだ荷車を引いて山道を登ってしまっていた。
「……何だったんだ、今の……」
まだかすかに頭に反響している薄気味悪い声に頭を抱えていたが、はっと我に返った。
「どうしよう……村のみんなが……」
これからどうなってしまうのだろう。また不安が過る。
そのまま棒立ちになって俯いていると、村の方角の空から激しい風の音が近付いてくるのが聞こえた。
(なんだ?)
顔を上げ、音の主の姿を捉える。黒く巨大な、細長い影が風をまといながら霜月の頭上で急停止し、ゆっくりと地面へ舞い降りてきた。目の前に着地した黒く巨大な影の正体は、イタチに似た獣のようだった。そして、その獣の背には黒い羽織を着た長い黒髪の女が跨っていた。
女は獣から降りると、霜月に歩み寄った。霜月は少し後ずさり、女を睨み付ける。
「まあ、そう睨むな。私は君の敵ではない。もっとも、私はそのつもりでも君からしたらどう映るかは分からんがな」
女は、ふっ、と霜月に微笑みかけた。
「な、なんだよそりゃ。どういうことかサッパリ分かんねーよ!」
「……凶片狩。と言えば得心するかな?」
女の言葉に、霜月はあっ、と小さく声を上げた。
「凶片狩……!む、村のみんなをしょっぴくのか!?」
「場合によってはそうなるが、逸るな。……村人たちから話は聞いた。村を救おうと盗賊の頭を相手取ったそうだな?」
「そ、そうだよ。でも……結局ダメだったんだよ。俺がしっかりしてりゃ、俺が……、……あっ!!」
何かを思いつき、霜月は女に言った。
「俺が、あの盗賊たちが持ってった紫彗片を取り返す!で、凶片狩に渡す!だから村のみんなには手を出さないでくれよ!」
真っ直ぐに女の目を見ながら懇願した。
「君から先にその言葉が出るとはな」
女は軽く驚いた様子で言った。霜月がどういうことなのか分からず目を丸くしていると、女は続けて言った。
「君があの紫彗片を取り戻すことができれば、村は裁かない。私はそれを君に相談しに来たのさ。村人たちは私が同行するということで合意してくれた」
霜月は女の言葉にますます目を丸くし、すぐあとにぱっと笑顔が浮かんだ。
「やる!!絶対に紫彗片を取り返すっ!!」
「……分かった。そうと決まれば、早速盗賊たちを追わねばな」
霜月は大きく頷いた。
女は再び黒い獣に跨り、霜月にその後ろに乗るよう促した。霜月はぴょんと獣に飛び乗り跨った。
「ああ、そういえばちゃんと紹介していなかったな。私は凶片狩のアラク。この獣はシマキという」
「アラク……シマキ……!俺は霜月!よろしくな!」
「ああ、宜しく。……では、行こうか。振り落とされるなよ」
アラクがシマキの背をぽん、と叩くのを合図に、風をまとって舞い上がる。そして盗賊たちを追い、夜空を矢のように疾走していった。
コメントをお書きください
賢♂ (火曜日, 04 8月 2015 11:38)
アラク登場
良いテンポ