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同じ頃、アラクも翳への説明を終えていた。

 

ひとつ息をつき、翳の様子をうかがいつつ、最後に付け加えた。

 

 

 

「これ程のことを事前に知らせずに申し訳ないが、出来るだけ暴君に勘付かれることの無いようにとの御達しだからな。……と言っても、盗賊や加工屋を潰していっている時点で気付かれていてもおかしくないが」

 

 

 

アラクは苦笑しながら告げた。

翳は特に気にかけることは無く、『戦』への参加の意思を示した。

 

強いが、どこか闇を秘めた目をしている気がした。

 

 

 

「協力します」

 

「そうか。有難い。……ああ、ちなみに奴等を止めること以外にもひとつ命を受けている。その説明は『招集』後……六番国にトキヨ国の凶片狩が集結してからになるが、良いか?」

 

「構いません」

 

 

 

翳は無表情のまま短く返した。

 

先刻よりも平静を取り戻していたが、アラクにはどうしてもあの過剰反応が気掛かりであった。

 

 

 

(『九番国の暴君』に私怨でもあるのだろうか……)

 

 

 

暴君に怨みを持つ者は珍しくもない。

 

だが、それだけでは納得が出来ないことがあった。

 

 

 

「私からも少し尋ねたいことがある」

 

「……何でしょう」

 

「君は、私たちの目的が『九番国の暴君』であることを分かっていたのか?かの盗賊を追っていたのも、彼等が九番国と通じていると知ってのことだったのか?」

 

 

 

合格を伝えた直後の反応からも、まるで最初から凶片狩の目的を知っていたかのようにうかがえた。

 

もし翳がどこからか情報を聞き付けていたというのなら、厄介なことであった。しかし……

 

 

 

「確信していた訳ではありません。ただ、あなた方凶片狩が、紫彗片を使って見境無く暴れ回る彼等を放置しておく筈が無いと踏んだだけです。あの盗賊を追っていたのも紫彗片を違法に入手する盗賊を尾けてさえいればいずれ凶片狩に辿り着けると思っていたからです」

 

 

 

翳は誰に聞いた訳でもなく、自分で全て読んで行動していたのだ。

 

 

洞察力の深さに、アラクは思わず舌を巻く。

同時に、それほどの執念を持つまでに『九番国の暴君』への何らかの怨恨も深いとうかがえた。

 

 

 

「まったく、大したものだな。疑って済まなかった」

 

 

 

彼と暴君の間に何があったのかも気に掛かったが、これ以上の深入りはしなかった。

 

翳自身もまた、アラクがこれで引き下がってくれたことに内心安堵していた。

 

彼には、『九番国の暴君』とのかかわりを公に出来ない事情があるからであった。

 

 

 

 

 

 

説明を終えて部屋を出たアラクは、丁度霜月の部屋を去った朱燕と鉢合わせた。

 

そのまま2人で宿舎を出、敷地内をゆっくり歩きながら、互いの結果を報告しあった。

 

 

 

「翳はすぐに賛同してくれたよ。そっちはどうだった」

 

「どうだったもへったくれも無いよ。多分、いや絶対だめだね」

 

「何かあったのか?」

 

「『悪い奴はみんなぶっ飛ばす』って。あいつは戦を、人を殺すことを怖がってる。それで訳分からなくなってとりあえず言っちゃったんだろうけど、あのままもし戦に参加しようもんなら見境なく暴れ回るだろうね」

 

 

 

自分が殺されるかもしれない恐怖と悪への敵意が混在し、敵と認識した相手にはたとえ勘違いであったとしても襲いかかったり、周囲の人間への異常な警戒心を持ったりしてしまう。

 

朱燕はこれを危惧したのであった。

 

 

 

「明確な自分の意思が無い奴は危ないだけだ。記憶喪失が大きな要因かもしれないね」

 

「そう、か……。元はと言えば私が彼を連れてきてしまったことが原因だ。すまない」

 

「いやいやいや、諸悪の根元は『誰でもいいから力のある者を掻き集めろ』なんてほざいたクソジジ……大国主サンだから。全く気にするなとは言えないけど」

 

 

 

九番国との戦いのため、早急に人員を引き入れ、後にこうして目的を話し本人の合否でふるいにかける。本人が参加の意思を示せば、原則その後に断ることは本人も凶片狩側も出来ない。

 

これが大国主が言い渡したやり方だった。

 

強制参加をさせるものでは無いが、これまでにも意思が弱く断ってはいけない気がして参加の意を示した、という者が何人も居たのだった。

 

 

 

「何でこんな決まりにしたかなぁ。大国主サンもうボケてんじゃないの?」

 

「……私以外の者が聞いていたら極刑も免れないな」

 

 

 

アシハラの君主である大国主への侮辱は冗談でも許されることでは無かったが、朱燕は過去にも平気でこの手の冗談を口にすることが多々あった。

ただし当然、口外しないと思った相手との会話に限る。ある意味信頼の証でもあった。

 

 

 

「そういえば朱燕、霜月にもう一つの任務について話したか?」

 

「いんや。彼の理解が追いつかなくなりそうだから言わなかったよ。どうせ向こうでみんな揃ったら言うだろうしいいでしょ?」

 

「ああ」

 

 

 

一通りの話を終え、朱燕は鍛練場へ隊員たちの指導へ、アラクは霜月を気晴らしに外へ連れ出してやろうと彼の部屋に向かった。

 

霜月にことわって部屋に入ると、霜月は大の字で天井を見上げた状態から頭だけを少し起こしてアラクを見上げていた。

 

 

 

「んあ、アラク」

 

「随分滅入っているようだな。無理も無いが……。どうだ、少し外の風に当たりに行くか?」

 

「!!外!!行く!!」

 

 

 

霜月の顔が瞬時に明るくなり、がばっと勢いよく体を起こす。

何かひとつ嬉しいことがあると、それまでの鬱屈はひとまず吹っ飛んでしまうらしい。アラクは切り替えの早さに驚きながら、霜月を先導した。