1-13 以炎




アラクは2人に背を向け、背後から走り寄るもう1人の敵を捉えて駆け出した。

 

背を向けられた2人は、それでも踏み込めずにいたのだった。

 

 

 

(背後とはいえ迂闊に斬り込めん……)

 

 

 

先刻は前後で挟撃を仕掛けたが討ち損じ、反撃を受けている。

2人は目配せをし、あのもう1人が攻撃を仕掛けた直後に一斉に斬りかかる算段を立ててアラクを追った。

 

 

 

「あの青年といい貴様といい堂々と敵に背を向けるとはな!」

 

 

 

相手が走り込みながら渾身の突きを放つ。

 

アラクは相手とすれ違わぬように間合いに余裕を持って左へ抜けた。

 

 

 

(馬鹿め!)

 

 

 

それは丁度、突きから転じる横薙ぎの間合い内だった。

相手はにやりと笑い、刀を切り替えして追撃する。

 

 

 

ーーガキィンッ!

 

 

 

アラクの胴を裂く筈の刃は、固い金属音と共に彼女の右腕によって止められた。

 

 

 

(手甲か……!、!?)

 

 

 

相手はその一瞬の不意のうちに身体を大きく横転させていた。

 

アラクは腕をぐるりと回し、止めた刃を相手の身体ごと傾け、その流れのまま頬へ回し蹴りを放った。

 

これと同時に背後の2人も襲い掛かってきたが、一方が刀を振りかぶる胴にもう一回転して蹴りを見舞う。

 

もう一方が倒れ込んできた仲間を誤って斬りそうになって、刀を振り下ろす手を止めた。


その隙に素早く背後に回り込み、首へ手刀を打ち込んだ。

 

 

 

(なんて女……)

 

 

 

最後の1人はそのまま失神し、残り2人は地に伏して呻いている。

 

 

アラクはまたしても、無傷で3人を迎え撃った。

 

 

 

「私は多数を相手にする方が得意でね。数で押しても無駄だ」

 

 

 

攻撃と回避、防御を淀みなく繋げ続け、何人が、どのような方向から襲い掛かろうと確実に対応する。

アラクの格闘は多勢との戦いに特化していたのだった。

 

力も女性とは思えない程に強く、気絶していない2人も攻撃を受けた部位の衝撃が引かず立ち上がれなくなっている。




「戦意が無いのならこれで終わりだ。あとは任務が終了したら役所まで同行して貰う」


「……分かった」




一人が絞り出すような声で降伏の意思を示した。

 

 

 

「さて……」

 

 

 

こうして自分の戦いが済んだアラクは、少し遠くに見える霜月と翳の戦いに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおーー!!」

 

 

 

霜月が黒縄を突き飛ばそうと走り込んでいく。

 

しかし、山鳴りと紛うような雄叫びですぐに気付かれあっけなく回避された。

 

勢い余って前のめりになり、地面へと豪快に激突する。

 

 

 

「いだっ!!避けんなコノヤロー!」

 

 

 

すぐに起き上がり黒縄へ悪態をつく。

 

場違いな空気を全開にさせている霜月に、翳は頭を抱えた。

 

そして黒縄までも呆れた表情をしていた。

 

 

 

「オマエ……よくわかんねぇ奴だな」

 

「うるせーバカ!!」

 

「オマエに言われたくない!」

 

 

 

子どもの口喧嘩のような事態に発展し、見ていられなくなった翳は刀を勢いよく振り下ろし風切り音を鳴らす。

 

2人ははっと翳の方を向き、すぐに我に返って互いに臨戦体制を取った。

 

 

 

「無駄口は要りません」

 

 

 

言いながら、翳も刀を納め居合の体制へと移る。

 

初めて黒縄と相対したときのような探りを入れるていではなく、今回は立ち向かう気構えをしていた。

 

霜月が居れば火万気の脅威はほぼ心配は要らないと踏んだからであった。

 

だが、黒縄も火万気が霜月によって吸収されてしまうことは分かっている。

 

 

 

(なら、こうしてやるさ!)

 

 

 

黒縄は両腕に大きな炎を纏い、近くにある草木へむけて振るった。

 

炎は瞬く間に引火し、黒縄の周辺は火の海と化した。

 

突然増した熱気に翳は少したじろぐ。

 

 

 

「こんなもん!」

 

 

 

翳の様子を見た霜月は、引火した炎を吸収しにかかった。


突き出した左腕に、炎がうねりながら収束していく。

 

 

 

「やってろ馬鹿!」

 

 

 

黒縄がその隙に再び腕に炎を纏って翳へ突っ込んでいった。

 

 

 

「あっ!!」

 

 

 

慌てて吸収をやめるが間に合わない。

 

翳は黒縄が予想外の手を打ってきたために反応が遅れた。

 

炎の拳が迫るーー

 

 

 

「……なんてな!」

 

 

 

黒縄は攻撃の直前で翳の横を通り過ぎるように進路を変えた。

 

本当の狙いは翳の周囲の草木。

 

それに気付き、翳は慌ててその場を離れた。

 

一歩遅れて炎が広がり、ジリジリとした熱が漂い始める。

 

 

 

「く……」

 

 

 

引火したものではあるが、万気による炎。

 

万気による炎の熱はそれだけで相性の悪い万気の持ち主を疲弊させ、長時間晒されていれば焼かれずとも煙を吸わずとも命が危ぶまれる。


翳にとって最悪の状況だった。

 

 

 

「だいじょーぶだ!!俺が全部消してやるからな!」

 

 

 

霜月はそう言い、燃え盛る炎を引き寄せ始めた。

 

黒縄はその間攻撃することなく、その様子をほくそ笑みながら眺めていた。

 

 

 



 

 

 

「頭のいい絵巻獣のようだな」

 

 

 

炎に焼かれて倒れた木が霜月たちが居る場所を塞いで、アラクの行く手を阻んでいた。


これでは助けることが出来ない。




(だが彼の狙いはこれだけではないな……)




アラクは巻き上がる炎を睨んだ。

 

 

 

「シマキ。『助っ人』を連れてきてくれ。全速力でな」

 

 

 

大きな黒い獣のまま佇むシマキは、指示を受けて嵐のような風を巻き起こしながら空高く舞い上がり、『助っ人』の居る六番国へゴウッと風音を立てて飛んで行った。




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コメント: 1
  • #1

    賢♂ (金曜日, 05 12月 2014 11:59)

    手甲…か?