1-5 追跡




紫彗片と共に急ぎ山を登り進む盗賊たち。
 
彼等を追う霜月とアラク。
 
そして更にもう一人、盗賊たちをより近くで追う剣士が居た。
 
 
 
「……凶片狩……」
 
 
 
彼は数日前からかの盗賊を尾けていた。
 
それよりも前に、別の盗賊を追っていたこともある。
 
とある目的のため、このようなことを数ヶ月もの間続けていたのだが、それも今日この日で終わろうとしていた。
 
 
 
「やっと」
 
 
 
足音と気配を絶ち、呼吸を整え、白い羽織を靡かせながら木々の間を器用に走り抜ける。
 
目指すは、盗賊たちの行く手。
 
 
 
 
 
 
盗賊たちへ向けて、霜月とアラクを乗せながら疾走する黒い獣。
 
しかししばらくすると、アラクが黒い獣を制止した。
 
 
 
「シマキ、そろそろ休んで構わないよ」
 
 
 
シマキと呼ばれた黒い獣は、アラクの制止と共に急停止する。
 
霜月は何の身構えもしておらず、停止の反動で前へと飛んで行きそうになるが、前に跨っていたアラクの背に激突しそれは免れた。
 
頭から突っ込みさながら頭突きの体だったが、こうなることを予想していたのかアラクは至って冷静だった。
 
 
 
「いってえ!!悪ぃ!」
 
「私は構わないが、ちゃんと掴まっておかねば君が怪我をするぞ」
 
「うぇーい!」
 
「……。降りるぞ」
 
 
 
霜月は頭をさすりながら間抜けな返事をし、アラクに続いてシマキの背を降りた。
 
2人が降りたことを確認するように頭を動かし、シマキは先刻より穏やかな風を纏いながらその姿を小さなイタチに変えていった。
 
そして素早くアラクの装束をよじ登り、肩にしがみ付いた。
 
 
 
「へえー!お前こんな可愛い奴だったのか!」
 
 
 
霜月は好奇心を隠すことなくシマキの鼻先に触れようとしたが、ひょいと顔を引っ込めてしまった。
 
 
 
「あれっ?」
 
「そりゃあ、いきなり触ろうとすれば警戒されるさ。……さ、ここからは走って盗賊を追うぞ」
 
 
 
アラクはそう言って、走り出して轍を辿り始めた。霜月も慌てて後に続く。
 
 
 
「何で走るんだ?急いだ方がいいなら、シマキに乗った方が早いじゃんか」
 
「シマキでは足音と風音で勘付かれるからな」
 
「でも気付かれたって、シマキの速さならすぐ追い付くだろ?」
 
「気付かれたら困るのさ。しばらく泳がせたいのでね」
 
「泳がせる?川にでも誘い込むのか?」
 
「……そういうことじゃない」
 
 
 
霜月の間抜けな勘違いに、アラクは溜息をつきつつ、わざわざ走りながら盗賊を追う理由を明かした。
 
 
 
「泳がせる、というのはあえて好きにさせておくということだ。つまり今は盗賊の後を尾けるだけ」
 
「なるほど!覚えた!で、なんで後を尾けるだけなんだ?」
 
「紫彗片は大人の背丈程もある鉱石だ。それをずっと持ち歩いている訳にはいくまい。必ず加工屋に一度引き渡す筈だ。ここまで言えば、分かるな?」
 
 
 
言われた霜月は暫し思慮するがすぐに諦める。
 
 
 
「わからん!!」
 
「……その加工屋が盗賊らと提携している可能性があるということだ。すなわち加工屋も制裁の対象かもしれない」
 
「!!お!おお!」
 
 
 
理解したのかしていないのか分からない返事を返したが、霜月なりに納得しこれ以上聞くことはなかった。
 
程なくして、盗賊たちの後ろ姿が遠くに現れた。
そこからは気取られぬ一定の距離を保ち、尾行する。
 
霜月は少し息切れしていたが、アラクはかなり長話をしながら走っていたにも関わらず、呼吸の乱れは一切無かった。
 
 
 
「アラク、疲れないのか?」
 
「ああ」
 
 
 
アラクは低い声で短く返し、それで霜月に言葉を発しないように訴えた。霜月は素直に従った。
 
これだけの距離、そして荷車の音と大勢の足音により、この程度の会話は盗賊の耳には届かない。
 
それでも一切の発声を許さない理由は。
 
 
 
(盗賊らとは違う気配が、微かにひとつ)
 
 
 
霜月は無論気付いていないが、アラクには確かに盗賊と並走する何者かを感じ取っていた。
 
 
 
 
 
その気配の主も、木々の間に盗賊を捉えつつ、背後に迫る気配を感じていた。
 
しかし芽生えたのは、警戒心ではなく希望。
 
 
 
(凶片狩が、来たんだ)
 
 
 
彼が長らく待ち望んでいたのは、凶片狩と出会うこと、そして凶片狩への参入だった。
 
紫彗片を狙う盗賊の近くに居れば、必ず凶片狩に出会える。さらに、己の手で盗賊を制裁する姿を見せ、凶片狩に実力を披露出来る……。
 
今がまさに、そのときである。
 
彼は昂ぶる気持ちを抑えながら、盗賊を追い抜き、木々の間から飛び出して行く手を阻んだ。
 
 
 
 
 
「だっ、誰だあれ!……あっ」
 
 
 
道の脇から突然現れた白い剣士に、霜月は思わず大声を上げてしまった。
幸い気付かれてはいないようだ……というよりは、盗賊たちも盗賊たちで予期せぬ邪魔者に気を取られていた。
 
盗賊たちが慌てて足を止めるのと同時に、2人も立ち止まる。
 
 
 
「どーすんだよ?」
 
「……しばらく様子を見よう」
 
 
 
2人は盗賊たちと白い剣士の邂逅を見守ることとなった。