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霜月と翳は森の出入り口で落ち合い、霜月が経緯を説明した。翳は聞けば聞く程眉間に皺を寄せ、あからさまに不快そうな顔をした。
 
「な!これでなんとかなる!」
「何考えてるんですか、あなたは」
 
怒りというよりは嫌悪感をあらわにして霜月を睨んだ。そんな翳にお構いなく、機嫌よく話を続ける。
 
「何って、黒縄が悪い奴じゃないってみんなに分かってもらおうってーー、!?」
 
苛立ちが頂点に達した翳は、がっ、と霜月の胸倉を掴み、殺意にも似た気迫を持って目をつり上げた。
 
「彼は敵ですよ。僕達が戦うべき、九番領と繋がっている可能性のある相手なんですよ。分かってるんですか?」
「そ、そーかもしんないけどさ!だからって悪い奴じゃないのに捕まえたりとかしていいのかよ!」
「良い人悪い人なんて関係ありません。討つべき相手にそのような意識は必要ありません」
「……んだよそれっ!!」
 
翳の冷たい言い様に、霜月もとうとう怒りだした。その拍子に火万気が膨れ上がり、それを感じ取った翳は咄嗟に霜月から手を離した。
 
「……もういいです。今はさっさと拠点に戻るのが先です」
 
翳は霜月と目を合わせることなく、足早に拠点への帰路を歩き出した。霜月はむっとした顔で「なんだよ!」と吐き捨て、地団太を踏むような足取りで後ろをついていった。
 
 
拠点へ戻り、2人は朱燕のもとへ急いだ。ざっと見渡してみたが、アラクはまだ戻っていないようだった。
 
「早かったね?長髪くんは見つかったの?」
「あれっ?戻ってきてないのか?」
「うん、見てないけど……?」
 
霜月はそう聞いて、がっかりした。戻るという言葉は嘘だったのだろうか。とにかく、朱燕にも経緯を説明せねばならない。事の次第をすべて話した。さすがの朱燕も呆れ果てたように深い溜息をついた。
 
「あのねえ……簡単に敵の言う事信じちゃいけないよ。素直に戻ってきてくれるかなんて分からないんだから。それに、敵の罠や策略にもかかっちゃうことだってあるんだよ。君だけならいいけど、凶片狩のみんなも巻き込むかもしれないんだから」
「うう……でも」
「でもじゃない。……ってもまあ、君は見たとこ腕は立っても実践経験も集団の中に身を置いたこともなさそうだし、すぐ分かれってのも無理な話か」
 
こうなるから大国主のクソジジイの命令が気にくわないんだよね、と憎々しげに付け加えた。手あたり次第に人を募ると、こういった不和が起こりやすい。そうも言っていられないこともまた、分かってはいた。
 
「て、ことで。もっかい探しに行っておいで。とやかく言うのはあとあと」
「そんな……待ってたら来るかもしれないじゃん」
「だから、敵の言う事を鵜呑みにしないの」
 
仕方なく、再び街へ出ようとしたとき、獣舎の方から複数の怒鳴り声が聞こえてきた。鍛錬などではなく、ただ事ではない声だった。
 
「な、なんだ!?」
「嫌な予感しかしないんだけど……。2人とも行くよ」
「お、おお!」
「はい」
 
霜月と翳、朱燕は獣舎に駆け付けた。見ると、獣舎の前に数人の隊員たちが何かを囲んで武器を構えている。隊員たちの先には、リョクを人質に取った黒縄がいた。リョクを捕えて爪を首元にあて、隊員たちをぎろぎろと見回している。
 
「動くんじゃねえ!コイツの首を掻き切られたいか!?」
 
皆が動くに動けず、静寂が流れた。翳は思っていた通りの最悪な展開になり、頭を抱えた。
 
「言わんこっちゃない……こうなるんですよ、霜月さん」
「……や、あいつはリョクを殺さない!」
「この期に及んで何を……」
 
この状況でも、霜月は考えを変えなかった。何を根拠にしているのか分からないが、その表情は確信に満ちていた。
一方で、朱燕はかすかな違和感を覚えていた。
 
朱燕(なんか妙だな……)
 
リョクは大人しそうに見えるが、そう簡単に捕まるような子ではない。それに、捕まっているというのに何故か焦っているようには見えなかった。黒縄がわざわざ戻ってきてこんな行動をするのもまた奇妙なことだった。一体何の得があるのか、分からなかった。
 
「オマエ、これでもオイラが良い奴だとか言うのか!?おら、言ってみろよ!!」
 
霜月に向けて、強気に口角をつり上げて言い放つ。朱燕はここで、霜月から聞いた経緯をもとに、黒縄は霜月のことを試そうとしているのだと気付いた。リョクの不自然な冷静さの理由までは分からなかったが、様子を見ることにした。
 
「ああ、お前はいい奴だ!」
 
霜月は黒縄にそう言い返すと、彼のもとへと踏み出した。翳はぎょっとして霜月を止めようとしたが、朱燕がそれを制した。
 
「何で止めるんですか。これでは茶ノ碕さんが」
「様子を見よう。何かおかしいからね」
「……?」
 
翳はよく分からないまま、朱燕に従った。隊員たちも朱燕の様子を見て、武器を構えたままじっとしていた。
 
「なっ……何でだよ!!オイラは本気だぞ!!近寄ったらコイツを殺す!!」
「お前はそんなことしねえだろ!本気なら、リョクがもっと暴れたりしてるだろ!」
「!!」
 
黒縄はぎくり、と表情を変えた。リョクもかすかに動揺したように見えた。
 
「く、来んな!!来んなよぉ!!」
「やだ!!」
 
黒縄がずるずると後退るが、霜月はもう目の前いた。霜月は、リョクの首に伸びている黒縄の腕を掴み、下ろした。黒縄は抵抗の様子も見せなかった。
 
「ほらみろー!殺さなかったじゃん!やっぱお前は良い奴だ!」
「……」
 
腕を掴まれながら、驚いたような顔で霜月を見た。何も言わず、どうしていいか分からないといった風に霜月を睨んだ。それを見ていたリョクが、見兼ねて口を開いた。
 
「もう、いいんじゃないかな……?これ以上は無理だよ。ほら、朱燕さんも祐山くんも、みんなもおかしいことに気付いているみたいだし」
 
リョクに言われて黒縄が周囲を見渡すと、この場の全員から怪訝な目を向けられていることに気付き、諦めてリョクを解放した。すぐに隊員たちが取り押さえにかかるが、霜月とリョクが止めに入った。
 
「待てよ!!こいつはもう何も悪いことする気ないんだぞ!捕まえるのはだめだ!」
「私も、そう思う、かな……」
 
2人の言葉にどよめく隊員たちを朱燕が制し、どことなく威圧感を漂わせながら霜月たちの前に出た。
 
「今のが君たちの芝居だってことは分かったけど……どういう経緯でこうなったのか教えてくれる?」
 
怒っている。リョクは少し萎縮しながらも、黒縄とともに経緯を説明した。
 
 
 
 
リョクは獣舎の手伝いをしていた。あまり隊員たちが立ち入らない、裏の井戸に水を汲みに行くと、蛇の姿で隠れていた黒縄が、人間の姿をとってリョクの前に現れた。リョクは黒縄のことを知らないため、一瞬新入りの隊員だと思ったが、朱燕の「長髪くん」という言葉を思い出してすぐに警戒し、小刀を懐から取り出した。
 
「まて。オイラオマエを傷付ける気はない。……協力して欲しいことがあるんだ」
 
リョクは自分に対する敵意や悪意には人一倍敏感だった。じっと黒縄の表情をうかがい、一片の敵意もないことを確信すると、小刀を懐にしまい込んだ。
 
「……聞くだけ聞いてあげるよ。なあに?」
「オイラに捕まって人質になる、って芝居をしてほしいんだ」
「どうして?」
 
黒縄は自分が何者かということと、霜月が言った言葉とその真偽を確かめたいことを話した。
 
「やりたいことは分かったけど……真偽を確かめて、どうするの?」
「……どうも、しねえよ。単にアイツを試したくなったのさ」
 
リョクには、黒縄が本当に言いたいことを隠しているように見えたが、それも悪意の類ではないと感じ、催促はしなかった。
 
「……分かったよ。でも、みんなを傷付けるような真似をしたら、抵抗するからね」
「分かってるさ」
 
 
 
それで、先程の騒ぎという訳だった。霜月を除いた全員が、どうしたものかと顔を見合わせた。朱燕は怒りを通り越して呆れていたようだった。
 
「リョク、今回はこれで済んだけど、もう2度とこんな真似はしないって約束しな。危ないったらありゃしない」
「ごめんなさい……」
「霜月くんも。さっき俺が言ったことちゃんと覚えとくんだよ?」
「おう……」
「で、君。黒縄くんだっけ?今は敵意が無くたって、罪人は罪人だ。それに、今の一件だって立派な不逞な行いだよ。然るべき罰は受けてもらう」
「……」
 
リョクと霜月くんはあとで俺の部屋に来る事、と付け加え、俯く黒縄を牢へ連れて行こうとした。
 
「ちょ、ちょっと待った!!」
 
すると、霜月が朱燕の前に立ちはだかり、両腕を広げて通すまいとした。
 
「なーに?まだなんかあるの?」
「黒縄さ、俺らの仲間になって、一緒に紫彗片探したり敵を倒したりしたらいいんじゃねーかな!!」
「は!?」
 
突拍子のない話に、朱燕はだめだ、と続けようとしたが、その前に霜月が早口で言った。
 
「あの時の盗賊に紫彗片の場所教えたの、俺と、俺が住んでた村の人たちなんだ。そしたらアラクが来て、俺が盗賊から紫彗片を取り返したら村には何もしないって言ってくれた。だから黒縄もおんなじようにできないかなって!」
 
焦っていたが、朱燕の目をしっかりと見て、心から訴えた。
 
「あ!?アラクそんなこと言ったの……まあ大方、君を凶片狩に引き入れるための口実だろうけど……」
 
最頭であるアラクがそのようなことを言ったというのなら、してはいけないことはない。何より、今は人員を少しでも多く集めなければならない。納得はいかなかったが、今回だけは霜月の言い分を呑んでやることにした。
 
「分かったよ。ただし絶対に主であることを放棄しないこと。少なくとも、戦が終わるまではね」
 
朱燕の言葉に、みるみる表情が明るくなっていった。気付かずに両腕をぐっと曲げて喜んでいた。
 
「もちろんだ!!」
 
話の行く末を固い表情で見守っていた黒縄に、霜月は「な、そーしようぜ!」と話し掛けた。黒縄は固さを残したまま、霜月を再び試すような眼差しを向けた。
 
「……ほんとに、オマエを信じていいんだな?オマエはオイラを絶対に裏切らないな?」
「あたりめーだろ!!俺そんな酷えやつに見えるか!?」
「……。わかった」
 
黒縄は、霜月の言葉を信じ、懐から自分の絵巻を取り出して、跪き、絵巻を捧げた。
絵巻獣は、どんなに傷付いても絵巻に戻りさえすれば傷を癒すことができる。その絵巻を託すということは、自分の命を預けることに等しい。自分が主と認めた相手に行う、儀式のようなものだった。
霜月は黒縄の行動に少しびくっとし、半歩後退った。
 
「い、いーよそんな頭下げなくったって。何だっけ……かたくるしいってんだっけ?」
 
苦笑いを浮かべながら、黒縄に立ち上がるように促した。
 
「……オマエは変わった奴だな」
 
黒縄は、言われるままに立ち上がり、ぶっきらぼうに片手で絵巻を渡した。分け隔てのない関係を望んでいるというのなら、という黒縄なりの絵巻の捧げ方だった。
 
「こうでいいかよ」
「ん!!ありがとな!」
 
霜月は満足げに絵巻を受け取った。リョクは「よかったね」と2人に告げるが、そのほかの者達は素直に祝福はできなかった。翳などは得に、嫌悪感を剥き出しにしながらその場を離れてしまっていた。朱燕は、複雑な面持ちをしながら、今後の拠点の警戒強化などについて考えを巡らせた。
 
こうしてまた一人、凶片狩に新たな人員が加わったのだった。
 
 

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コメント: 1
  • #1

    (火曜日, 14 6月 2016 08:21)

    黒縄仲間入り^_^