1-11.5 黒縄

 
初めて絵巻から出たときに見たのは、痩せていて皺くちゃで、だけど温かい笑顔をした男だった。
その男は貧乏人だった。家族を失って、独り寂しく生きてきたが、地道に貯めた金でオイラを買ったらしい。
 
最初のうちはどうも、人間というものが好きになれなかった。何でだかは分からない。
でも、男の優しさと愛情に触れるうちに、隔たりはだんだんなくなっていった。
 
そんな矢先のことだった。
 
「そいつをくれたら、余生を暮らすのに申し分ない財を与えよう」
 
そいつらは、どこからかこの男が絵巻獣を手に入れたという噂を聞きつけた人間たちだった。
横目で男を見る。その表情は、ずっと忘れられなかった。
目の前に差し出された、財ーー紫色の石に、目を輝かせていた。それからオイラの方を見た。
いや、オイラを捨てられるはずがない。今まであんなに楽しくて幸せで、オマエの寂しさも癒してやれてーー
 
 
でも、次に絵巻から出たときに見たのは、あの皺くちゃじゃなかった。見るからに荒れくれな、盗賊だった。万気が使える奴がいれば心強い、とか、あんなジジイのとこじゃ勿体ない、とか、色々言われたけど、悲しい気持ちでそれどころじゃなかった。
それから、やっぱり人間が嫌いになった。
 
主には従うけれど、それ以上はない。信じない。こんなんだから、次の主にもすぐに捨てられた。そんなことを何回も繰り返した。
 
 
「よお、今日から宜しくなあ!」
 
その盗賊の頭の大男が、次の主だった。いつも通り、ただ命令に従うだけのことをしていた。
けれど、普段ならそろそろ愛想を尽かされて捨てられてもいい頃なのに、そいつはずっとオイラを手放さなかった。気になったから、聞いてみた。
 
「別に?思い通り動いてくれてっから置いてるだけよ。俺らだって他人が気に食わねえ同士で集まってんだ、ハナから仲良しなんてのは無いようなもんだ」
 
そう言って笑い飛ばした。
あっちも変に期待してこないから、なんだか気が楽だった。
 
でもこれも、長くは続かなかった。
九番領とやらから、協力依頼が来てから、何もかもめちゃくちゃになった。
 
紫彗片。あの、憎たらしい紫色の石。あれを集める羽目になったのだ。
それだけでも嫌だったのに、紫彗片は主もどんどん狂わせていった。
 
『お前も狂えばいい』
 
紫彗片がそう語りかけてきたこともあった。でも、こんな石に指図されるなんて御免だった。
 
どれだけ狂っても主は主。従わなければならない。紫彗片も集めなければならない。
 
誰かが終わりにして欲しかった。
 
 
 
凶片狩に捕まった後、ぼろぼろになった主が言った。
 
「とっくに俺はてめえの主にふさわしくなくなってた、自由になれ」
 
何を言ってるのか分からなかったが、今思えば奴に身の上話を少ししていたから、オイラが恨んでも恨みきれない紫彗片を集めることになったことを言ってたのかもしれない。
仲良しなんてのは無いようなものって、言ってた割には随分なことを言うな。
自分でそう言いながら、泣きそうなのがわかった。でもそれからは何も言わずに、脱獄することだけを考えた。
 
 
 
「お前、根っから悪い奴には見えねえもん!主の話してたとき、悲しそうだった!悪い奴がそんな顔できるわけねえもん!」
 
今まで出会ってきたどんな奴とも違う、ヘンテコな男だった。
 
信じられるもんか。どうせオマエも手のひらを返す。
 
本気でそう思っていたなら、わざわざコイツを試す必要なんてなかったのかもしれない。
 
オイラは、柄にもなく、コイツにほんの少しの望みを持っていた。
 
本当にオイラを悪い奴じゃないと思ってくれてるなら、コイツの絵巻獣になって、凶片狩についてけば、ぜんぶめちゃくちゃにしやがった紫彗片に、復讐できるんじゃないか。
 
……本当に悪い奴に見えないんだな?何をしてもか?
 
アイツは首を縦に振った。
 
なら、試してやろう。本気かそうじゃないか。
 
本気でいてくれたら、なんて思いながら、オイラは凶片狩の拠点に戻った。
 

 

 

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コメント: 1
  • #1

    (日曜日, 19 6月 2016 01:18)

    黒縄の過去の描写が胸に来る