1-8

 
 
誰かが炎の中で泣いている。その熱と声に急激に呼び覚まされるが、声の主の顔は見えない。いや、声の主の内側から泣いている様を見ているような。
 
その泣いていた者と「友達」になった。ずっと元気が無いようなので励ましたりした。
 
「友達」と、知らない「男」と街へ出た。「男」は「友達」と仲が良いみたいだが、どこか余所余所しい。
 
「男」から、「友達」と一緒に山道を逃げていた。「男」は怒り狂い鬼のような形相をしていた。
その手には、紫彗片の刃を持つ剣。
「男」に追いつかれ、胸を刃が貫かんと迫る。
 
「友達」が、前に出る。
「友達」は代わりに刺され、自分の意識もそこで途絶えようとした。
その瞬間、あの気味の悪い声が語り掛ける。
 
『お前もいつか、こいつと同じにしてあげる』
 
 
 
 
 
「!!!」
 
霜月は、悪夢から放り出された勢いのまま飛び起きた。
結局、あれから決心は固まらないまま夜を迎え、就寝していた。心に蟠りを抱えたまま夢の世界へ誘われ、そして今に至る。霜月は寝起きの回らない頭で、夢の内容を思い返していた。目覚めたあとの嫌な感じは、いつも見ていて思い出せなかった悪夢のときと同じだった。
 
「いっつも見てる夢って、これだったのか……」
 
今宵は、鮮明に覚えていた。昨日、紫毒に刺激を受けたからだろうか。なんにせよ、これは間違いなく思い出せない記憶の一部だと分かった。もし紫毒がこれを思い出させたのなら、もっと紫彗片に触れることでもっと分かることがあるかもしれない。
 
「霜月くん?」
 
隣で寝ていたレイが、霜月の起きた音で目覚めた。半目を開けて少し舌足らずな様子を見て、今が本来起きる時間ではないことに気付く。外はまだ明ける気配のない闇だった。
 
「あ、ごめん……。」
「いいのよ。また、例の夢?」
「うん。でな、今日は全部覚えてるんだ」
 
霜月はレイに夢の内容を告げた。今まで思い出せなかったことを思い出せて、本来ならば晴れやかな気持ちで話すところだったが、内容は凄惨なものだったのだった。
 
「そう……怖かったのね」
「うん……。でも、これで、記憶に紫彗片が関係あるかもって分かった」
 
きっとこれはまだ記憶の一部であろうし、これだけで紫彗片が関係すると断定するのは早いかもしれない。だが、何故だか確信が持てた。思い出せなくとも、本能にも似た感覚で、紫彗片の記憶がうすぼんやりと染み付いていることがこの夢で実感できたのだ。
 
「そう……。じゃあ、ついていくのね。凶片狩に」
「うーん……」
 
霜月の気持ちは誘いへの合意へ傾いていた。しかし、やはり「戦」という言葉が引っかかり、決断を鈍らせていた。
 
「ついていきたい。ついていきたいけど……」
 
しばらく頭を抱え、唸る。そのうち、意を決したように、「よし!」と声を上げ、抱えていた頭をもとの位置に戻した。
 
「俺、ついてく。戦のことは、もう考えない!」
「え、えっ?」
 
レイは霜月の言うことの意図を図りかねて、頓狂な声を出した。
 
「ついていきたいのは本当だからさ、戦のことばっかり考えてついてけなくなるのは嫌だなって。ほら、どうせ戦って言われてもよく分かんないし、今から怖いなーとか考えてもなーって、こう、んんー……」
 
どう気持ちを言葉にすればいいか分からなくなり、また頭を抱えた。だが、レイにはそれで伝わっているようだった。
 
「なるほどね……霜月くんらしいわ。でも……」
 
霜月の、一見前向きに見える考え方に、レイは危うさを覚えた。本当にそんな気持ちで戦いに身を投じてしまっていいのか。それは口には出せず、霜月の決めたことだからと喉の奥へしまい込んだ。
 
「でも、なんだ?」
「ううん。霜月くんがそう決めたなら……私は何も言わないわ」
 
レイの言葉に、霜月はのこっと笑って、「ありがとな!」と答えた。
 
 
 
 
 
翌朝。霜月とレイは、夜中に話をしてから再び床に就き、よく眠り、いつものように目を覚ました。ただ、少し違うのは……。
 
「で、どうなったんだよ、あの話」
「本当についていくの?」
「やめとけよ、なーんかうさんくせえしよ」
 
村人たちが霜月とレイの家の前に集まり、霜月がどのような選択を取ったのかを聞こうと大騒ぎになっていた。霜月とレイは起きるなり騒ぎに気付き、急いで家の外に出て村人たちに凶片狩についていく旨を伝えた。
 
「そうかあー……心配だけど、もうここで後戻りはできねえもんなあ」
「無茶はしないでよ?」
「大丈夫かよー」
 
口々に霜月を心配する声を漏らす村人たちに、霜月は笑顔で告げた。
 
「だーいじょうぶだって!ちゃんと記憶も全部思い出して、戻ってくるからさ!」
 
それでも村人たちのざわめきは収まらなかったが、その中から霜月を制止する声は出てはこなかった。あくまで、霜月がしたいようにさせる。それが一番だと全員が思っていたからだった。
 
朝食を食べ、身支度を整え、村人たちへ最後の挨拶へ回っているうちに、アラクが来村する時刻になった。それまでには再び家に戻り、アラクがやってくるのを待っていた。一度は自分の家なり仕事なりに出ていた村人たちも、霜月を見送ろうと再び霜月とレイの家に集まってきていた。
 
「!きた!」
 
霜月が小窓からアラクが歩いてくる姿を発見し、家を飛び出す。レイもその後からついていった。
アラクは村人たちに軽く会釈をすると、霜月に話し掛けた。
 
「どうだ、心は決まったか?」
「うん。俺、アラクについてくよ!」
 
霜月の返答を聞き、胸を撫で下ろしたような、しかし少し物憂げな表情で、
 
「有難う。感謝する」
 
と言った。
 
「では……すぐに出られるようなら、もう出立するが、どうだ?」
「おう!すぐにいけるぞ!」
 
はつらつと返事をしてみせ、それからレイと村人たちを振り返る。
 
「レイおばさん、みんな、今までありがとな!絶対帰ってくるからな!!」
 
明るく振る舞う霜月を見て、レイはかえって不安に襲われるが、つとめて笑顔で見送ろうとした。村人たちも、同じように心配しつつ、霜月の言葉にうなずいてみせた。
 
「必ず、必ず帰ってくるのよ。約束」
 
レイは霜月の頭を、無事を願いながら撫でた。優しく温かい手から、霜月にその気持ちは伝わっていた。
 
「おうよ!約束だ!」
 
そうして、霜月はアラクとともに村から旅立っていった。霜月は何度も振り返りながら、レイと村人たちへ元気に手を振った。アラクはそんな霜月をただ黙って見守りながら歩を進めた。
 
 
 
 
 
村を出た霜月とアラクは、十番領へ続く山道を下っていた。霜月の心は、初めての町に対する期待と不安で満たされていた。
 
「緊張するか?」
「んーちょっと!町は初めてだしなー」
「そちらか。戦への覚悟はもう出来たのか?」
「んっとなー、それはもう、考えないことにした!考えてたら、余計不安になるから!」
「……。そうか」
 
アラクは、霜月の不自然なほどの明るさと、戦に対する姿勢に、レイが抱いたのと同じ不安を覚えた。
心構えをしておかなければ、戦はおろか小規模の戦闘ですら心折れるものだとアラクは知っている。普段であれば、霜月のような者が凶片狩入団の試練を受ければ最初の問答試験で追い返されるだろう。それが本人のためでもあった。しかし今は、少し戦闘能力があれば心がなっていなくても凶片狩に引き入れなければならない。戦とは無縁の者を無理矢理血なまぐさい世界に引き摺り下ろすことに、アラクは心を痛めた。
 
そんな風にアラクが考えているとは露とも知らず、そしてこの先、戦への考えを放棄したことで降りかかる幾度もの困難があることも知らず、町への思いを馳せていた。