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アラクは炎の渦に対して動じることなく、2つの炎の渦を髪一本燃やすことなくわずかな体の捻りのみで回避した。赤茶けた長髪の少年の腕には、攻撃を外した苛立ちに呼応するかのように先程よりも大きな炎が大蛇のように渦巻いている。それでもアラクは表情ひとつ変えず、頭の中で反撃の手筈を整えていった。しかし……


「うおおおおーっ!!アラクーッ!!」
「!?」


アラクが立てた計画は、予期せぬ乱入者によって瓦解した。その乱入者はアラクと少年の間に割って入り、少年と炎の渦と対峙した。


「霜月!?そこをどけ!危ないぞ!」
「やだ!!アラクが危ないじゃん!!」
「算段ならある!!下がれ!」

断固として動こうとしない霜月を、無理矢理どかそうとアラクが手を伸ばしたとき、赤茶けた長髪の少年も動き出した。両腕の炎を高く掲げ、振り下ろす。


「ハッ!喧嘩してる場合かよぉ!」


ニヤリと大きく口角を上げると、大きな炎の渦が2人に向けて放たれた。アラクにどかされかけていた霜月は、アラクの手を振りほどき、炎の渦に立ち塞がった。


「霜月!!」

アラクが駆け寄ろうとしたときには、もう炎の渦が霜月に触れる寸前だった。少年は勝利を確信し、アラクは最悪の事態を予想した……が。

霜月の身体を覆い隠したかに見えた炎の渦は、突然霜月を軸に渦を巻くような動きに変わり、そのまま霜月の身体に収束していった。

「……へっ!?えっ!?炎どこいった!?」

霜月には自分を覆った炎が突然消えたように見え、自分の身体をせわしなく見回していた。アラクも少年も、暫し驚愕の表情を崩せなかった。

「これは、『集気(しゅうき)』……。霜月、お前」
「えっえっなんだそれ?やばいのか?」
「『集気』は己が持つ万気と同じ万気を吸収し自分のものにする力のことだ。万気使いなら誰でも持ち合わせている技さ」
「ば、ばんき??」
「説明は後だ。……少年。彼が君と同じ火万気を持っているとなると、君の炎は最早無力だ。2対1では勝機もあるまい。大人しく臨戦態勢を解け」

アラクが赤茶けた長髪の少年に言い放つ。しかし、少年は降参するどころか逆上し、怒りに任せてより大きな炎を両腕に纏わせた。自分の身長ほどもある巨大な渦だった。

「うるせえ!!退く訳にはいかねえんだよッ!!」

霜月は炎の大きさに思わず一歩後退る。だが、アラクはその場を動かず少年を見つめていた。

「ま、まずいだろ!!逃げようぜ!?」
「いや、必要ない」

アラクがそう言った直後、少年と炎の渦に急激な変化が起きた。炎の渦が急激に形を崩し、ぼん、という爆発音とともに消失したのだ。少年は爆発の衝撃で後ろによろめき、倒れた。

「ッ……く、そ……!!」

少年は起き上がるが、立ち上がることは出来ないようだった。その場にへたり込み、肩を上下させている。

「怒りに任せて見合わない力を発揮しようとするからそうなるんだ。もう万気を放つどころか動くことも出来まい。諦めろ」

今度こそ観念したのか、アラクの言葉を聞いて少年はうなだれた。

「今、何が起きたんだ??」
「一気に膨大な万気を放出したから暴発したのさ」
「ほえー……」

霜月は理解したのかしていないのか分からない返事をし、へたり込んでいる少年をぼうっと見つめた。。

「そちらも終わりましたか?」


丁度敵を片付けた翳が、背後から二人に声をかけてきた。紫彗片の刀の使い手二人を相手に無傷の翳に、霜月は感嘆の声を漏らす。


「すげえ強いんだなー。俺、一人相手だって全然だめだったのに」
「生半可な強さでここまで来た訳がないじゃないですか」

相変わらず冷たい声音だったが、霜月は「かっけえー!」と目を輝かせて興奮を剥き出しにした。翳はそれを鬱陶しそうに聞き流しながら、アラクに尋ねた。

「これから加工屋に向かうんですよね」
「ああ。加工屋にある紫彗片の武具の回収と加工屋の捕縛だ。戦闘にはもうならないだろうが、油断はしないように」
「分かっています」

アラクは頷くと、戦闘を見守っていたシマキに指示を出し始めた。


「シマキはここにある紫彗片の刀を回収してから十番領の凶片狩をここに呼んで後始末と頭の投獄を頼んでくれ。それが済んだら彼等を連れて私たちの匂いを追って加工屋に来い」


シマキは頭を上下に振りながら「がおんっ」と快く返事をし、落ちている紫彗片の刀を一本ずつ咥えていった。

「少年は加工屋まで案内してもらう。手を貸すから案内が終わるまでは踏ん張ってくれ」

アラクは少年に近付き、手を差し伸べたが、少年はその手を払いのける。不愉快そうに眉を顰めながらよろよろと立ち上がり、「……ついてこい」とだけ告げて、3人の先頭をふらふらと歩き始めた。





少年の後をついていきながら、霜月は先刻出てきた『集気』や『万気』についてアラクに尋ねた。

「さっき言ってた『集気』とか『万気』って何なんだ?」
「『集気』は先程説明した通りだ。『万気』というのは、あの少年が炎を自在に操っていたように、あらゆる現象や物質を生み出し操る力だ。炎の他にも水や風など色々とあるな」
「へえー!なんかすっげえな!てことは俺、火を操れるのか?」
「そうなるが……もし、先程初めて火万気が覚醒したとなると『一身化(いっしんか)』という現象が起きる筈なんだが、まったくその兆候が見られないあたり、すでに火万気を習得していたということになる。それこそ、君が失っている過去の記憶のどこかでな」
「んー……?えっと、覚えてないだけで使えるってことか?全然知らなかったぞ!」

自分に宿っている火万気の力にわくわくしつつ、いつどこで習得したのだろうかという疑問も一緒に浮かび上がっていた。どう思い返しても、失った記憶の部分は延々と続く闇を手探りで進むかのように何の引っかかりも得られなかった。
探ることを諦めてふと意識を外界へ戻すと、隣を歩いていたはずの翳が少し距離を空けて歩いていることに気付いた。

「あれ?翳どうかしたのかー?」
「……いいえ」

霜月が訝しんで翳に離れている理由を聞きだそうとしたとき、先頭を歩いている少年が足を止めた。鬱蒼と草むらが茂る小川沿いの崖に、草木に覆われて殆ど見えない横穴が開いている。

「この奥が、加工屋さ」

道案内を終え、少年ははあ、とため息をつきながらその場に座り込んでしまった。

「ご苦労だった。……さて、これから加工屋を引きずり出す訳だが」


アラクが霜月と翳に視線を移し、神妙な面持ちで告げた。

「この穴の奥には紫彗片の武具……恐らく紫毒を有している武具が大量に収まっているだろう。お前たちにはここで待機して貰いたいところだが、霜月、お前は紫毒にあえて触れることで思い出せる記憶があるかもしれんな。危うくなったらすぐに引き返すことを約束するなら、同行して貰っても構わないが、どうする?」

そう言われ、霜月はすぐに合意の返事を返しそうになったが、紫毒に侵され狂人となって襲い掛かってきた盗賊の頭のことを思い出し、言葉を飲み込んでしまった。

「お、俺、あの頭みたいになっちまわないか?」
「紫毒の声に耳を貸さず、すぐに穴から出て行けば問題は無い」
「そ、か……。分かった……い、行く!」

まだ紫毒への恐怖が拭えず、霜月は強張った返事を返した。アラクは頷くと、翳へと顔を向けた。だが、どうするか尋ねる間も無く、翳の方から

「僕はここで待機します。一度紫毒に侵されかけたことがあるので」

と返ってきた。紫毒に侵されかけたことがあるという言葉に霜月が一瞬ぎょっとしたが、アラクは構わず「分かった」と返事をし、穴へとつま先を向けた。

「行くぞ」
「おおう!!」

アラクと霜月は加工屋が潜む穴へと足を踏み入れていった。


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コメント: 1
  • #1

    和泉守 賢 (火曜日, 15 12月 2015 00:02)

    霜月の天然の能力開花?

    頭の方の天然も爆発で本当に愛すべきキャラ

    集気に万気に一身化

    漢字ワードがいちいち上手い