1-16 全容




「ひ、ま、だー!!!」

 

 

 

霜月は翳らとは別室で、一人放置されていた。

退屈のあまり部屋の中をゴロゴロと転げ回り、駄々っ子のように手足をばたつかせていたのだった。

 

 

 

「翳とアラクんとこに行かなきゃ大丈夫なんだよな」

 

 

 

ひょいっと起き上がり、気晴らしに外へ出ようと襖に飛び付く。

 

と、同時に外から襖が開けられ、霜月はぼふっ、と襖を開けた主に激突した。

 

 

 

「んぶっ!!」

 

「おわっ、霜月くんったらやっぱり外に出ようとしてたね~」

 

「しゅ、朱燕……」

 

 

 

陽気な表情で霜月の頭をぽんぽんと叩いた後、朱燕は尋問が終わったことを告げた。

 

 

 

「じゃあもう外出ていいか!?」

 

「待った。君と翳くんに伝えなきゃいけないことがあるから。もう少しここで待っててくれる?」

 

 

 

霜月はしゅんと頭を垂れ、すごすご部屋に引き返した。

 

表情豊かな霜月を見て楽しげに笑いながら、朱燕は翳とアラクの居る部屋に向かった。

 

 

 

 

火万気の気配が近付き、部屋の中では翳が顔を顰めていた。

 

 

 

「……」

 

「朱燕だな。翳、少し待っていてくれ」

 

「はい」

 

 

 

アラクだけ部屋を出て、翳に影響が及ばないよう部屋から離れた場所で朱燕と何かを相談しに行ったのだった。

 

 

 

(いよいよ全て明らかになる)

 

 

 

翳は顰め面から戻した鉄仮面のような表情の下で、期待に胸を踊らせた。

 

盗賊や加工屋、運び屋の正体。『招集』の謎。最頭がここトキヨ国にやってきている意味。そして何より、それらの先にあるであろう凶片狩の『真の目的』と翳が凶片狩に入った目的が一致するかどうかーー。

 

 

 

「待たせたな。……君と霜月に全てを話そう」

 

 

 

アラクが部屋に戻り、翳に告げた。

 

本当なら2人同時に話を聞いて貰う予定だったが、翳の体調を考慮しアラクと朱燕がそれぞれ別々に伝えることとなったのだという。

 

翳はじっとアラクの目を捉え、語られるのを待つ。

 

アラクがゆっくり口を開いた。

 

 

 

「今、トキヨ国内の凶片狩は必死に志願者を募ったり、力ある者を引き入れたりしている。本来、凶片狩への参入は年数回の志願者募集のみなのだが、どうしても人数を募らねばならない理由があってな」

 

 

 

霜月と翳もその一員だという。

 

アラクは言葉を続けた。

 

 

 

「……『九番国の暴君』。奴を止めろ、との勅命が下ったのさ」

 

「!!」

 

 

 

翳は『九番国の暴君』という言葉を聞いた瞬間、かっと目を見開いて興奮気味に身を乗り出した。

 

アラクは翳の過剰反応に驚き、つい話を中断してしまった。

 

 

 

「どうした」

 

「あ……いえ、続けてください」

 

 

 

取り繕い、身を引いて正座し直す。

 

アラクが話続けている間中、翳の膝の上に置かれた握り拳が微かに震え続けていた。

 

 

 

(読み通りだった)

 

 

 

それは歓喜と、これまでひた隠してきた『九番国の暴君』への憎しみが入り混じった震えだった。

 

 

 

 

 

 

 

「『九番国の暴君』?」

 

 

 

霜月はその聞き慣れない名を復唱した。

 

 

 

「トキヨ国内のみならず、今や周辺国にまで名前知れ渡ってるんだけどね。まあ君は知らなくても仕方ないか」

 

 

 

朱燕は記憶を失っている霜月にも分かるよう、丁寧に説明した。

 

 

 

「九番国はこのトキヨ国の中にある小国のひとつだ。8年程前、そこの国主に君臨した男が『九番国の暴君』さ。どういう方法を使ったのか未だに分かんないんだけど、奴は先代の国主とその一族、さらに彼等が持つ兵団をひと月と経たないうちにみんな掌握してしまったんだ。ここまではいいかな?」

 

「お、おう……。なんかすげー奴なんだなってのは分かった」

 

 

 

霜月には話が大きすぎたのか、すでに置いていかれそうになっていた。

 

 

 

「危なそうだから手短にいこうか。……で、それから『九番国の暴君』は九番国を支配するでもなく、ただ戦と破壊を繰り返した。各地の武者たちはそれに抵抗する……かと思われたけれど、あろうことか次々に暴君の破壊行為に同調していった」

 

「自分たちの国が危ないってのに、何でだ?」

 

「紫彗片、さ」

 

 

 

暴君は、紫彗片の武具で武者たちを釣った。

 

武者たちにとって、紫彗片の武具を手にすることは強さと富を得るに等しい。

貪欲な武者たちは皆力を求めて暴君が与える紫彗片の武具を持ち、その魅力、そして紫毒に酔い、見境を無くしてしまったのだ。

 

 

 

「巻き込まれる武者が増えてくると紫彗片の武具も沢山必要になるだろ?それでトキヨ国内の盗賊や加工屋と結託して紫彗片を仕入れてたのさ」

 

「!じゃあ、捕まえたあいつらはその暴君って奴の手先だったのか!」

 

「そそ!んで、俺らは今、九番国が糸を引いてる盗賊や加工屋を優先的に潰していきながら、暴君を止めるための人員を募ってるって訳」

 

 

 

ここまで話し、一旦呼吸を置いた。

 

 

 

「暴君を止めるってことは、紫彗片によって破壊集団と化した兵団と武者たちと戦わなきゃいけないんで人を集めてる……つまり俺らや君がこれから何しようとしてるか分かるかな?」

 

「?えっ、と……」

 

「『戦』だよ」

 

 

 

明るい調子から転じて、鋭さを帯びた声で放った。

 

ここまでついてきたのは成り行きのようなもので、まさかそんな大事が関わっているとは思ってもみなかった霜月は話をすぐに飲み込めずぽかんとしてしまった。

 

朱燕は苦笑しながら、

 

 

 

「まあ、びっくりするよねー。最初から教えなかったのにも色々理由はあるけれどとりあえずごめんね?参加したくなければしないでも構わないよ。始まるまでは情報が漏れないように凶片狩に居てもらわなきゃいけないけど」

 

 

 

と言った。

 

霜月は返事をせず、少し俯きながらうーんと唸った。

 

 

 

「……人、殺さなきゃいけないのか?」

 

「そりゃあ。確かに、戦つってもあくまで目的は奴らを『止める』ことだけど、紫毒に完全に飲まれた人間は殺さないと止まらないからねぇ」

 

「その紫毒に飲まれた九番国の武者たちと『九番国の暴君』は、スッゲー悪い奴らなんだよな?」

 

「……まあ、そうだね」

 

 

 

霜月はまた、しばらく黙り込んだ。

 

ここまで聞き、昨日まで自分が居た村と、村を襲ってきた盗賊たちのことを思い出す。

 

村の仲間たちに容赦無く刃を向け、抗おうとすれば村を焼き払おうとしてきた彼らも九番国の手先。

きっと九番国にある村や街も、ああして潰されていっているのだろう。

 

 

 

「まー、すぐには決められないだろうからゆっくり……」

 

「い、いや!やる!」

 

「え?」

 

「俺も、戦やる!悪い奴らみんなぶっとばせばいいんだろ?」

 

 

 

霜月の言葉に、朱燕は一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの調子に戻す。

 

 

 

「慌てなくていいよ。もっとよく考えな。まるで考え無しに人集めてる俺らが言えることじゃないけどね」

 

 

 

そうして朱燕は立ち上がり、「じゃーねー」と言って退室していった。

 

霜月は、どかっと大の字に寝そべった。

 

ああは言い放ったものの、実のところまだ混乱していた。

 

話は理解したし、悪い奴らが許せないのも事実。

思考の足を大きく引っ張っているのは『殺さなければならない』ということ。

 

 

本当に決断するには時間を要することとなった。