1-15 帰還




シマキがゆっくりと着陸し、紅雀はふわりとシマキの背から降りた。

 

彼はアラクの謝罪に「気にするな」と答えた後、黒縄に悠然と歩み寄り、手を握った。

 

 

 

「なっ何さ!?離せ!」

 

「そなたに先程の炎を返すだけだ」

 

 

 

紅雀は僅かに手に力を込めた。

 

そして、先刻取り込んだ炎を、黒縄にどっと流し込む。

 

 

 

「ぎゃあああああ!」

 

 

 

急激に、大量の火万気を流し込まれた黒縄の体を、灼熱の溶岩が流動するような感覚が支配していった。

 

火万気はすぐに許容を超え、先刻の霜月のようにその場にくずおれ、ゼエゼエと肩で息をし始めた。

 

 

その後まだへたり込んでいる霜月のもとへ腰を下ろし、手を握った。

今黒縄に起きた光景を見ていたため、霜月は一瞬肩を震わせる。

 

 

 

「や、やめろよ!」

 

「安心しろ」

 

 

 

一言言い聞かせ、紅雀はまた力を込めた。

 

すると、今度は霜月の中に溜まる火万気を吸い上げていく。

霜月の限界を超えようとした火万気を、顔色ひとつ変えずに全て取り除いた。

 

 

 

「あ、あれっ?おおっ!!熱くない!!わーっ!ありがとな紅雀ー!」

 

 

 

霜月はぴょんと跳ね上がり、いつもの彼に戻ったのだった。

 

紅雀はふっと微笑んだ後、翳の方を振り返る。

 

 

 

「そなたは火万気に当てられた様だな。悪化せぬようしばらく火万気の使い手には近寄らない方が良い」

 

「……はい」

 

 

 

翳は体内のじりじり焼けるような感覚の不快な余韻を感じながら頷いた。

 

霜月、朱燕、そしてこの紅雀という男も火万気使いであろう。

周囲に火万気使いが多いことを陰鬱に思いつつ、紅雀と霜月から距離を取った。

 

 

 

「紅雀殿、『招集』で忙しいところを済まなかった」

 

「そうでもないさ。それにもし仮に忙しいとて、『最頭(もがしら)』殿の頼みは断れまい」

 

 

 

紅雀はアラクに告げた。

 

アラクへ向けられた『最頭』という単語に、霜月はぽかんとし、翳は瞠目した。

 

 

『最頭』とは、その名の通り凶片狩の最も上に立つ者のことだ。

アシハラ中の凶片狩から年に数回、動向や成果を集めて凶片狩全体への指令を行う他、それらを大国主ーーアシハラの王へ報告したり、『大掛かりな任務』を行う凶片狩のもとへ自ら赴き支援したりすることもある。

 

普段はアシハラ各国を巡り歩いているが、今は『ある事情』からトキヨ国に留まっていたのだった。

 

 

 

「……何故今まで黙っていたんですか」

 

 

 

翳がアラクを怪訝そうに睨み付ける。

最頭と分かっても怖気付いた様子はない。

 

アラクは困ったように肩をすくめた。

 

 

 

「済まない。しかし、最初から最頭だと明かして余計な緊張をさせると君たちの真の力を測れないと思ってな」

 

 

 

翳は渋々と納得したが、他にも尋ねたいことが山とあった。

『招集』とは何のことなのか。最頭であるアラクがこの地に訪れている理由は何なのか。そして、今回の任務で果たして入団の許可は下りるのか……。

 

と、考えているうちに背後から運び屋を担ぐ朱燕と加工屋を捕らえた2人の隊員が戻ってきていた。

 

 

 

「あっ、やっぱり『兄貴』来たんだー!久しぶり~!」

 

「ああ」

 

 

 

朱燕は紅雀に親しげに手を振った。

 

 

 

「兄貴?紅雀は朱燕の兄貴なのか?」

 

「ああ」

 

「そーだよーっ。ついでに紹介しとくと、兄貴はトキヨ国の凶片狩を取りまとめる『要頭(かなめかしら)』なんだよ!」

 

「ほえー!かっこいいな!」

 

 

 

『要頭』。

各国の凶片狩の先頭に立ち、『大掛かりな任務』の指揮やその国の凶片狩全体の行動方針を決めるなどの重要な役割を担う者。

 

そんな紅雀をこうして臨時に呼び出すことが出来るのは、その弟である朱燕と最頭であるアラクの存在あってこそであった。

 

 

 

「まあ、言ってもこの通り俺らとアラクは友達みたいなもんだから!霜月くんたちもこれまで通り気軽に付き合ってくれていいと思うよ!」

 

「おー!!分かったぞ!」

 

「気軽なつもりはなかったんですけど」

 

 

 

 

後に、霜月たちが倒した運び屋も捕え、十番国の拠点へ帰ることになった。

 

 

 

 

「そういえば彼はどうする」

 

 

 

アラクは未だに汗だくで息を切らしている黒縄を見た。

それに気付き、黒縄はきっとアラクを睨み付ける。

 

アラクの問には紅雀が答えた。

 

 

 

「彼は私と共に六番国へ来てもらう」

 

「そうか。分かった」

 

 

 

紅雀は黒縄に近付き、ひょいと肩に背負い上げた。

 

 

 

「な、何すんだ!降ろせえ!」

 

 

 

一瞬もがくが、動く度に火万気が暴れるためすぐに大人しくなった。

 

翳には加工屋と運び屋と共に連れていかないことが引っかかったが、聞かぬうちに朱燕が出発を宣言した。

 

 

 

「さあ、帰るよー!あ、こいつらに聞くこと聞いたら皆連れて兄貴んとこ行くからね!」

 

「ああ。待っている。なるべく早くな」

 

「分かってるってー」

 

 

 

一行は紅雀に別れを告げ、十番国への帰路についた。

 

 

 

 

 

拠点に帰ると、捕らえた加工屋と運び屋への尋問のため、朱燕は彼等を連れて地下にある小部屋へと向かった。

 

そして霜月たちは、朱燕からの報告を宿舎で待つこととなった。

 

霜月は部屋に一人。翳は火万気使いである霜月と隔離され、アラクと共に別の部屋に居た。

 

 

 

「あの人を一人にしておいて大丈夫なんですか」

 

「ここには近付くなときつく言い聞かせてあるからその点は心配するな。勝手に出歩かれても拠点の中であれば問題ない」

 

 

 

アラクは翳に微笑みながら言い、今頃退屈で部屋の中を転げ回っているだろうな、と付け加えた。

 

この後に会話は続くことなく、暫しの沈黙が流れたが、しばらくして再び翳から口を開いた。

 

 

 

「……あの」

 

「どうした?」

 

「聞きたいことが沢山あるんですが、聞いてもいいですか」

 

 

 

誰の邪魔も入らないこの期に全ての疑問を解決しようと試みたのだ。

 

アラクは少し考え、答えた。

 

 

 

「尋問が終わるまでは詳しいことは話せない。だが」

 

「だが?」

 

「君が今特に気に掛けている、入団の合否ならば答えられる」

 

「!」

 

 

 

翳は身を乗り出して返答を待つ。

 

アラクはニッと笑いながら、わざとらしく間を持たせてから答えた。

 

 

 

「合格だよ。君も霜月もな」

 

「!!」

 

 

 

翳は、つい笑顔になり、やった、と小さく漏らす。

ずっと望んでいた凶片狩への入団が、ついに叶ったのだった。

 

 

 

「冷静な君がそこまで喜びをあらわにするとはな。なかなか見られない一面だ」

 

「あ……」

 

 

 

アラクにクスクスと笑われ、我にかえった翳は無機質な表情に無理矢理戻した。

 

アラクはふ、と微笑む。

 

しかし、心中には先程翳が見せた『笑顔』が引っかかっていた。

 

 

 

(酷く歪んで見えたのは、気のせいだろうか……)

 

 

 

翳の冷静沈着な無表情の下に、底知れぬ負の激情が燻っているような気がしたのだった。



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コメント: 2
  • #1

    tX (日曜日, 28 12月 2014 00:15)

    翳くんこれは…フラ、いや逆フラ?
    更新乙です〜d(^_^o)

  • #2

    賢♂ (日曜日, 28 12月 2014 20:22)

    最頭に要頭
    相変わらず、この手のネーミングセンスは流石

    ラストの翳の笑顔を絵で見てみたい