1-14 朱紅



「おーおー派手にやってるねぇー」

 

 

 

朱燕は川沿いを加工屋へ走りながら、遠くに立ち上がる炎と煙を隊員2名と共に見やった。

 

あれが発する気配は万気のものだが、霜月の炎ではない。

 

 

 

「黒縄くんだね、あれ。こりゃ『助っ人』確定かな」

 

 

 

やれやれ、と両手を広げる。

しかしそれとは裏腹に表情は楽しそうであった。

 

 

 

「っと、こっちもそろそろだね」

 

 

 

前方に人影がひとつ。

 

加工屋の工房に続くであろう穴の前で、刀を差した男が朱燕たちを睨んでいた。

 

頑として通さない意思が、遠くからでも伝わってくる。

 

 

 

「俺が隙を作るから、君達で加工屋を捕まえといて。で、捕まえたらどっちか1人、加工屋から『砥石』を取ってきてくれる?」

 

 

 

隊員2名は朱燕の指示に強く頷いた。

 

程無くして、加工屋前に辿り着き、男と合間見えた。

 

 

 

「やあ。君は運び屋の一人かな?」

 

「いかにも」

 

「そう。君達が戦ってるってことは加工屋も中に居るんだね?」

 

「ああ」

 

「ふーん。てっきり黒縄くんが逃がしてるもんだと思ってたんだけど」

 

「ああ、逃がしに来た。だが、加工屋の奴が拒否したのさ」

 

 

 

朱燕は意外な答えにきょとんとしたが、すぐに表情を戻した。

 

 

 

「そっかあ。理由は知らないけれど居るんなら渡して貰わないとね。勿論今ある紫彗片の武具全部と一緒に」

 

「断ると言ったら」

 

「分かってるだろ?」

 

「……そうか」

 

 

 

男は終始、ニヤニヤと笑いながら答えていた。

 

その理由はーー

 

 

 

「こいつを見てもそう言えるかな?」

 

 

 

男が腰に差した刀をすらりと抜く。

 

その刀身は、透き通った美しい紫色。

 

紫彗片だった。

 

紫彗片の刃の前では普通の刀は木の枝も同然。人体ならば尚更だ。

 

それを証明するかのように、相手は近場の大きな岩に近付き刀を横一文字に振るった。

 

 

 

シュッ

 

 

 

という風切り音と共に、刃の軌道のまま岩の半分上が切り離された。

 

岩にはヒビはなく、断面は鏡面のように滑らかだった。

 

相手は自慢気に紫彗片の刃を傾け、一層口の端を歪めていた。

 

しかし紫彗片の刃の驚異的な切れ味を見せ付けられてもなお、朱燕は楽し気な表情を変えない。

 

 

 

「俺たちは今まで何度も紫彗片の武具を持つ相手と戦ってきたんだよ。今更驚かないしやられもしないって」

 

 

 

挑発的な口調で煽る。

 

相手は逆上こそしなかったが、高慢な笑顔で朱燕に向けて刃を振るった。

 

 

 

「それはどうかなッ!」

 

「おっとぉー」

 

 

 

朱燕はひらりと紫の軌道を躱し、その足で川の真ん中から顔を出す岩へと飛んだ。

 

着地すると右手に火球を出現させた。

 

 

 

「いっくよー!」

 

 

 

右手を掲げ、火球を相手に放とうとする。

相手も回避をしようと身構える。が……

 

 

 

「……なんちゃって!」

 

 

 

朱燕は相手ではなく、水面に火球を放った。

火球の爆発とともに水が熱を持った霧となって広がる。

 

相手は顔にかかる熱に思わず腕を盾にした。

 

そうして気を逸らしている間に、隊員2名が穴へと駆け込んだ。

そして朱燕も岩から川辺へ飛び移り、相手の背後を取る。

 

熱が冷めてきて感覚が戻った相手は朱燕に気付き、振り向きざまに刃を薙ぐが、それもまた空を切った。

 

 

 

「ははっ!びっくりした?びっくりした?」

 

「貴様……」

 

 

 

霧が晴れ、可笑しげ笑う朱燕とそれを睨み付ける相手の姿があらわになった。

 

相手は隊員2名が消えていることに気付き、舌打ちをした。

 

 

 

「加工屋はじきにあの2人が縛り上げてくれるし、君の他の運び屋たちも恐らくもうすぐ終わりだ。君も早く降参したら?」

 

「誰が」

 

 

 

苛立ちからか相手の笑顔は消えていた。

 

再び紫の刃を振るう。

 

朱燕は刀を抜かず回避に徹した。

 

 

 

「大口叩いてた割には随分消極的じゃないか!」

 

 

 

相手は調子付いて振るう速度を増す。

 

朱燕は薄く笑いながら穴へ視線をやった。

丁度そのとき、隊員の片方が右手に塊を持って現れた。

 

隊員が朱燕に目配せをし、その塊を投げ渡す。

それを受け取った隙に相手が斬り込んできた。

 

 

 

「何余所見してる!」

 

 

 

朱燕の脳天へ真っ直ぐ振り下ろされる紫の刃。

しかし……

 

 

 

バキィンッ!!

 

 

 

朱燕を縦に真っ二つにする筈だった紫の刃に大きなヒビが入った。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

朱燕の手には、先程投げ渡された塊……『砥石』。

振り下ろされた刃にそれを当てたのだ。

 

この砥石は、紫彗片を刃へ変えるために、紫彗片を研磨するために必須の更に硬度の高い紫彗片だった。

 

紫彗片は火を使っても溶解したり変形したりしない。

加工は、加工する紫彗片よりも硬い紫彗片で砕き、研磨して行われている。

 

 

 

「あー、やっぱ折るとこまではいかないかぁ。でもそれはもう使い物にならないね?」

 

「っ……!」

 

 

 

紫彗片の刀しか得物を持っていなかった相手は、わなわなと後退り、踵を返して逃亡を図ろうとした。

 

 

 

「あい待ったー」

 

 

 

朱燕は逃げる相手の足首を狙って『砥石』を思い切り投げ付けた。

 

 

 

「あああああああッ!!?」

 

 

 

相手の足首は、ぐしゃ、という音と共に身体を支える機能を失った。

 

朱燕はそのまま崩れ落ちる相手に歩み寄る。

 

 

 

「弱点になるようなモノはちゃんと隠しておかないとね?」

 

 

 

ニコニコと笑いながら『砥石』をもてあそび、相手を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……はあっ……、」

 

 

 

炎をかき集め続けていた霜月は、しばらくすると激しく息を切らしながら地面にへたり込んでしまった。

 

炎が霜月が持てる火万気の許容範囲を超えようとしていたのだ。

 

 

 

「爆発、しそうだ……あっちい……」

 

 

 

(狙った通りさ)

 

 

 

黒縄はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

彼の目的は霜月に大量の炎を吸収させ、動けなくさせることだった。

 

さらに、炎は完全に消えておらず、未だにジリジリと熱を放ちながら燃え上がっている。

 

それは翳の体力を容赦無く焼き尽くしていった。

 

 

 

(まずい……)

 

 

 

身体の内側までをもじわじわ焦がされる感覚。

火万気に侵食され始めていた。

 

 

 

「これで終わりさ!!」

 

 

 

黒縄が一際大きな炎を両腕に纏う。

 

翳に一直線に向かって行くーー

 

 

 

「……!?」

 

 

 

黒縄が攻撃を仕掛けようとする瞬間、両腕から炎が消えた。

 

はたと立ち止まり周囲を見やると、燃え盛っていた炎が何かに引き寄せられるように上空へ渦を巻いて上っていく。

 

そして、炎は黒い獣……シマキに跨る人影の腕へと消えていった。

人影は、燃えるような紅の長髪を靡かせて見下ろしている。

 

炎の音と熱が一瞬にして静まった。

 

 

 

「何だよ、あいつ……!」

 

 

 

黒縄は悔し気に人影を見上げた。

 

霜月と翳も、驚いて同じように見上げる。

 

倒木の炎が消え、彼らのもとにやってきたアラクがその人影に呼び掛けた。

 

 

 

「急な呼び出しをしてしまって済まない、紅雀(くじゃく)殿」

 

 

 

燃えるような紅の長髪に狩衣を纏うその男ーー紅雀。

 

彼こそが、アラクと朱燕が信頼を置く『助っ人』だった。


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コメント: 2
  • #1

    賢♂ (土曜日, 13 12月 2014 20:43)

    戦わずして事実上の勝利を得る、朱燕お見事

    ただのチャラ男にあらず

  • #2

    tX (日曜日, 21 12月 2014 00:14)

    Σ( ̄ー ̄ノ)きたか……!(世界観インストール済)