加工屋の場所は、先日紫彗片が落ちた村ーー霜月が居た村のある山。その街道から少し外れた先にある、細く流れる川に沿った浅い谷の横穴の中だという。
谷へ至る道は人が3人横に並んで丁度という狭い道幅。
川と谷の間の川辺も広くはない。横穴に入れば人一人が通れるくらいの一本道があり、その先に加工屋が隠れている。工房になっている空間も、さして広くはない。
これら一通りの地理の情報を地図と共に得ることができたのだった。
「ふーん……こうも狭い尽くしだと、大人数はやれないねぇ」
朱燕は集会所に隊員たちを集め、作戦会議を行った。
霜月、翳、アラク、シマキもそこに参加していた。
「なーなー、加工屋ってのは何人も居るもんなのか?」
「加工屋はこのくらい小さいと一人か二人だよ。でもね、敵は加工屋だけじゃないのさ」
「な、なんだそりゃ?」
「紫彗片をコッソリ加工する加工屋の中には、『運び屋』って連中が一緒に居てる場合があるのさ。今回の加工屋にはその『運び屋』が潜んでるって話だからね」
『運び屋』。
加工屋が加工した紫彗片の武具や装飾品を、名の通り運ぶ者たちのことだ。
だが彼らもまた、ただの者たちではない。
「大抵4、5人。しかも、揃って武術なり剣術なりが達者な奴らだ」
翳が真っ先に疑問の口を挟んだ。
「何故そのような連中が運び屋を?加工屋に居座る理由は?それに、彼らは紫彗片の加工物を何処へ運ぶのか……」
「質問は一個ずつにしてくんないかなぁ?……まあいいや。加工屋に運び屋が、それも腕利きの武者たちが居座るのは、加工屋を俺たち凶片狩から守るためさ。最後の質問の答えは任務成功後のお楽しみだよ~」
からかうように指を振り、最後の質問への答えを濁した。
翳は説明不足に悶々としつつも、これ以上問い詰めても無駄だと判断し引き下がった。
「加工屋も、長く紫毒に侵され続けて頭がイかれてる人間が殆どでねぇ。何をしでかすか分からないのさ。あとは黒縄って絵巻獣だけど……ま、そいつのことは今は置いとくか」
黒縄が加工屋と運び屋を逃がす以外の行動を取ることも考えられるし、何もしてこない可能性もある。
読めない相手には作戦よりもその場の状況で臨機応変に切り返す方が良い、というのが朱燕の考え方だった。
隊員の殆どを拠点に残し、朱燕を筆頭にアラク、霜月、翳、隊員からは2人。そしてシマキ。ーーこの人員で、加工屋・運び屋の制裁へ向かうこととなった。
『運び屋』を霜月・翳・アラクで引きつけ、朱燕と隊員2人が加工屋へ駆け込む。シマキには戦闘の様子を窺わせ、危険になったら『ある助っ人』を呼ぶ。……という工程であった。
その助っ人が誰なのかという説明は、任務自体には必要無いと省かれたが、朱燕もアラクも信頼する者らしい。
街道を行きながら、霜月が人数の頼り無さへの不安を口にした。
「ほんとにこれで大丈夫なのかー?運び屋ってのは強いし5人くらいいるんだろー?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!今回はアラクも居るし!」
「お!?アラクも戦えるのか!?」
「そうじゃなきゃ任務に来ないでしょ。それにアラクはとっても強いんだよ~、いざとなったらなんとかしてくれるから!」
「お前な……」
アラクは朱燕のいい加減な物言いに溜息をつく。
「しかし、今回の任務は君たちの力を見るという目的もある。極力助太刀はしない。人数を最小限にとどめたのはこのためでもあるのさ」
「そーゆーこと!」
話を聞いて、霜月は幾分か安心したようだった。
しかし隣で静かについてきていた翳は、別の不安を抱いていた。
「今更ですけど……戦闘慣れしていない霜月さんを任務に出して良かったんですか」
霜月はまだ、内に秘める本能的な「戦う術」を完全に覚醒させていない。
翳にも霜月の中にある力を感じていない訳ではないが、こんな状態の霜月を、かなりの腕利きであるという運び屋との戦闘に参加させて良いのか……。
「なーに?心配なの?」
「当然です」
「へぇ~そっかあ!君結構優しいんだねぇ!」
「は?」
「霜月くんのこと気にかけてさぁ」
「その心配じゃありません」
「またまたぁ~」
翳は任務への差し支えを心配していたのだが、朱燕のわざとらしい勘違いから霜月の勘違いまで誘ってしまった。
「翳、ありがとなー!でも大丈夫だぞ!なんとかなる!多分!」
「……」
翳は心底不愉快そうに顔をしかめ、また黙り込んでしまった。
「奴はああして人をからかう悪い癖があるんだ。君の性に合わないだろうが今は許してくれ」
「……アラクさんが謝ることじゃありません」
会話が途切れ、翳は朱燕から質問の答えを聞きそびれたことをはたと思い出すが、先程の様子から答える気は無さそうだと判断して何も言わなかった。
しばらくして街道から外れ、加工屋へ至る細道を行った。
これより先は、いつどこから相手が襲ってくるか分からない。
先刻まで饒舌だった朱燕も周囲に気を張り一言も発しなくなった。翳とアラク、隊員2名も注意深くあたりを探りながら歩いている。
ただ一人、霜月だけは自分以外の仲間が発する刺すような空気に滅入っているようだった。
さらに、段々近付いてくる川の音に、霜月は苦々しい表情を強めていった。
「み、水だあ……」
「浅い川だし溺れる心配はないよ。それに万気で生成された水じゃなきゃ命に関わるようなことは、」
と、ふいに朱燕は言葉を中断し立ち止まった。ほぼ同時に翳とアラクも立ち止まる。
朱燕はアラクと隊員2名に目線を送って何かを伝えた。アラクと隊員たちは頷き、アラクは霜月と翳に寄り、隊員たちは朱燕につく。
「な、なんだよ?」
霜月がアラクと朱燕を交互に見比べキョトキョトと首を動かした。
「じゃ、頼んだよ!健闘を祈るっ!」
朱燕は霜月、翳、アラクに向けて爽やかな笑顔で告げ、隊員2名とともに全速力で駆け出した。
その直後、朱燕らの背後、もとい霜月らの眼前に突如4つの影が降り、即座に朱燕らを追いかけようとした。
「あ、あいつらがもしかして!?」
「『運び屋』だ」
アラクが短く告げると、肩に乗せたシマキに横目で合図をした。
シマキは肩からひょいと飛び降りすぐに大きな黒いイタチに姿を変え、突風とともに急加速し運び屋を追い越して行き道を塞いだ。
どうしてもこの3人を倒さねばならないと分かり、朱燕らの追跡を諦めた4人の運び屋はそれぞれの得物を構える。
応じて、翳、アラクも臨戦体制へと入った。霜月は訳も分からずただ相手を睨み付けていた。
運び屋たちは射殺すように目を細め、3人を見据えた。
「あんたらを先に倒さないとな」
大刀を構えた長らしき男が呟き、それを合図に彼等は一斉に動いた。
長ともう一人の2人は正面から。
残り2人は左右の茂みへ。
「霜月と翳は茂みに潜った奴らを頼む」
「わ、わかった!!」
「了解しました」
アラクは正面の2人の前に立ちはだかり、霜月と翳はそれぞれ左右を警戒する。
すぐに両側の茂みから先程の2人が襲いかかってきた。
霜月は相手が飛び出しざまに繰り出してきた突きを辛うじて躱し、翳も放たれた横薙ぎを引きつけて回避し居合いで迎撃。
相手もまた素早く踏み止まり、居合いの間合い外、茂みへと跳び下がった。
「狭くて戦いになりませんね」
翳は少しでも広く動けるよう、霜月から離れる。
「あっ!?あー!翳ー!!」
翳もアラクもそれぞれの敵に集中してしまったため、霜月は彼らに援護を頼めなくなってしまった。
情けない声を上げる霜月に、相手は呆れかえった。
「凶片狩は腕利きの集まりじゃなかったか?お前はなんだ、戦いすら初めてだとでもいうのかね」
「そ、そうだよ!多分!」
「多分?……まあ良い。それならそれですぐに斬り捨てるまでよ。物足りん気はするがね」
見下すようにニタリと笑い、相手は再び刀を構える。
このまま棒立ちしていれば命は無い。
霜月は自分の中に眠る火万気を必死に呼び起こそうとした。
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賢♂ (金曜日, 21 11月 2014 00:23)
頑張れ霜月!
SEEDA (金曜日, 21 11月 2014 01:28)
うおお霜月くーん!!!
ケルビン (金曜日, 21 11月 2014 08:24)
いよいよ戦闘ですね!
集団戦大好きなんで今からハラハラしてます!(・ω・*)
どんな戦法で戦うんだろうか……!
「助っ人」の正体も気になります!
tX (金曜日, 21 11月 2014 18:28)
…如何に、如何に。
これは分岐ですねえ……( ̄▽ ̄)
What happen to next...?