1-10 始動




「……んー……」

 

 

 

月が天辺にのぼる刻、霜月はなかなか寝付けず布団の中を小さく往復していた。

 

昼間に気を失いながら長いこと眠っていたからだろう。

 

 

 

「暇だー……」

 

 

 

布団から出て、同室で眠る翳と朱燕を起こさぬようそっと立ち上がる。

そして、部屋にアラクとシマキが居ないことに気が付いた。

 

 

 

「どこいったんだろ……」

 

 

 

暇潰しにもなるだろうと、アラクとシマキを探しに部屋を出た。

 

宿舎の外、広い敷地内を散策する。

真っ先に、高くそびえる観測塔が目に入り、そのまま目線を頂へとやった。

 

そこに、月明かりを受ける人影が見えた。

 

 

 

「おっ、アラクかな??」

 

 

 

霜月は観測塔の下まで駆けていき、中へ続く扉を力任せに開け、足早に頂へと登っていった。

 

頂へ出る扉もまたガタンと音を立てながら開けた。

 

 

 

「やっぱりアラクだー!!みーっけた!!」

 

「いきなり何だ、騒々しい……」

 

 

 

霜月が駆けてくる気配を察していたのか、たいして動揺することなくアラクは霜月の方を振り返った。肩に乗るシマキも「きゅう」と一声鳴いた。

 

霜月はにこっと笑いながらアラクの隣に立ち、夜空を見上げた。

 

 

 

「紫彗が来ないか見てるのか?」

 

「その通りだ」

 

「眠くないのか?」

 

「ああ。君もか?」

 

「おう!暇だからアラクを探しに来たんだ」

 

「……そうか」

 

 

 

アラクはくす、と笑った。

 

 

 

「そういえば、アラクが俺を助けてくれたんだよな!ありがとな!」

 

「いや……助けようとしたが私も飲まれかけた。最終的には朱燕のお陰だったさ」

 

「アラクも?じゃあアラクもなんか夢とか見たのか?」

 

「いや……気を失った訳ではないからな」

 

「そうかー、ならよかったな!」

 

「……ああ」

 

 

 

それからすぐに、アラクは夜空に視線を戻した。

 

霜月もつられて夜空を再び見上げながら、ちらとアラクの横顔を窺った。

 

紫彗は現れていないはずなのに、その目には憂いの色を宿していた。

 

 

 

 

 

ーー早朝。

 

霜月は一刻程の睡眠時間故、これでもかと欠伸を連発しながらの朝食だった。

 

 

 

「あんな夜中に何をしていたんですか」

 

「ほ?翳も起きてたのか?」

 

「俺も霜月くんが起きてったの知ってるよー!」

 

「ええ!?寝てたんじゃなかったのか!?」

 

 

 

食堂代わりの集会所内に、霜月の素っ頓狂な声が響く。

一緒になって朝餉を楽しんでいた隊員たちが一瞬そちらを向いた。

 

 

 

「武を心得る者は眠っている間も気を抜かないのさ」

 

「へぇー、かっこいいな!」

 

 

 

アラクの説明に目を輝かせる。

 

アラクは君もそうなってくれねばね、と付け加えた。

 

 

朝餉を済ますと、隊員たち、そしてアラクとシマキ、朱燕も敷地内にある鍛錬場へと向かった。霜月と翳は彼等に同行し、共に鍛錬を行うこととなった。

 

が、鍛錬場に向かう途中、朱燕の名を呼ぶ声があった。

 

 

 

「おや……お知らせが来たかな?」

 

「お知らせ?なんだ?」

 

「捕まえた例の盗賊が居るだろ?役人たちが奴らから何かしら情報を聞き出してくれたかもしれないなーってね」

 

 

 

朱燕はにっと笑って、君たちは鍛錬に向かってて、と踵を返した。

 

 

 

「私も行こう」

 

「えー!じゃあ俺も!」

 

「……僕も」

 

 

 

霜月と翳まで同行を申し出た。

アラクは朱燕と視線のみで一瞬何かを相談し、ついておいで、と2人の同行を許可した。

 

 

 

 

朱燕を呼んでいたのは役人2人。何やら慌ただしい様子だった。

 

 

 

「どうしたのさ?もしかして悪いお知らせ?」

 

 

 

役人たちは、それが……、と小さく呟いた後、恐る恐る知らせを報告した。

 

 

 

「なかなか口を開かなかったのですが、夜になってようやく加工屋の正しい場所は聞き出せました……しかし、少し牢から目を離した隙に……」

 

「隙に?」

 

「あの火万気使いの少年だけ、牢から消えていたのです……」

 

 

 

役人の思わぬ言葉に、一気に緊張が走った。

 

 

 

「奴だけ……?一体どうやって……っていうか、ちゃんと目ぇ光らせとかなくてどうすんの?分かってるだろ、あの盗賊たちは……、」

 

 

 

役人たちをきつく叱り付ける朱燕を、最後まで言わせまいとするようにアラクが前に出て制した。

今はそのときではない、と朱燕に小さく言い聞かせてから、会話を再開した。

 

 

 

「どうやって脱獄したか、この子に心当たりがあるそうだ」

 

「この子……って、?」

 

 

 

アラクが肩に乗せているシマキをさして言った。

 

 

 

「そいつ、モノノケみてーな奴なんだろー?喋れんのか?」

 

 

 

霜月はまじまじとシマキを眺め回した。

 

シマキはアラクに促され、肩からひょいと飛び降りる。

着地と同時に風で砂を巻き上げ、変化した。

 

その姿はあの巨大な黒い獣……ではなく、黒く長い耳と尾を持つ小さな子どもだった。

 

 

 

「あの赤いやつ、ぼくとおんなじにおいがした!まちがいないぞ!」

 

 

 

シマキは少し背伸びをしながら役人たちに得意気に話した。

 

霜月は心底驚いて目を丸くしていたが、翳と朱燕、役人たちは得心したような表情だった。

 

 

 

「君と同じ……彼も『絵巻獣(えまきじゅう)』だったってことだね?」

 

「ん!なんのいきものかは分からないけど、きっと牢の柵のすきまを抜けられるくらいちっさいいきものだぞっ!」

 

 

 

絵巻獣とは、描かれた生き物が具現し持ち主の式となる特殊な絵巻物のことである。

基本的に人間の生活を助けたり心を癒したりするための存在だが、中には強力な万気を宿すものもあり、それらは黒縄のように戦闘を目的に所持されることが多い。

 

 

 

「彼の正体は絵巻獣、変身して脱獄した、か……。さて、ここで問題なのが……」

 

「彼が先に加工屋を逃がしてしまっていないか、或いは何かを仕出かすつもりなのか……だな」

 

 

 

その場の全員が頷いた。

 

 

 

「黒縄の脱獄に関しては奴ら、何も言わなかった?」

 

「はい、また口を閉ざしてしまいました」

 

 

 

 

ふむ、と朱燕は少し考え込んだ。


黒縄の脱獄前に、盗賊らが彼に何かを指示した可能性もある。


 

それまで黙って話を聞いていた翳が、少し強い口調で朱燕の考え事を遮った。

 

 

 

「加工屋を逃がされる前に、行動するのが先でしょう」

 

「ん?ああ、それもそうだね。君って静かに見えて実はアツいんだねぇ」

 

「別に」

 

 

 

キッパリと切り返され、少しへこんだ様子を見せた朱燕だが、すぐに真剣な面持ちへと戻った。

 

 

 

「こうなりゃ急いで作戦立てなきゃね。皆を集めるよ!」

 

 

 

隊員たちが居る鍛錬場へと駆け出した朱燕に、霜月と翳、アラクとシマキも続いた。

 

 

 

「でもさー、加工屋ってただの加工屋だろ?作戦とか要るのかー?」

 

「ただの加工屋じゃないんでしょう。あの盗賊たちと同じく」

 

 

 

待ち受ける加工屋制裁の任務に、2人の緊張は高まっていった。



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コメント: 3
  • #1

    和泉守 賢 (金曜日, 14 11月 2014 00:32)

    絵巻獣来たー!

  • #2

    SEEDA (金曜日, 14 11月 2014 11:16)

    続きが気になります!
    来週も楽しみにしてます!

  • #3

    すず(管理人) (金曜日, 14 11月 2014 14:00)

    >>SEEDAさん
    有難うございます(*´ω`)嬉しいです!