1-9 思惑




ーー『誰か』が泣いている。

悲鳴にも似た、悲痛な泣き声だった。

 

 

 

(誰だ?どうしてそんなに泣いてるんだ?)

 

 

 

泣き声に呼び起こされ、覚醒していく。

 

段々、炎がゴウゴウと激しく燃える音も聞こえてきた。この『誰か』は炎の中で泣いている。

 

 

 

(なあ、なあ、燃えちまうぞ?)

 

 

 

語りかけると、それに気付いた『誰か』は泣くのを止めた。

 

そして、その『誰か』と友達になった。

 

しかし、何者かが後ろから怒号を上げながら追い掛けてくる。

必死に逃げたが追い付かれた。

 

怒号の主は手に持つ紫の刃を突き立てんと振りかぶる。

 

 

 

(死ぬ……!)

 

 

 

そう思ったとき、一緒に逃げてきた友達の『誰か』が庇いーー。

 

 

 

 

 

 

「……うわあああああッ!!?」

 

 

 

霜月は夢から覚め、布団を跳ね除け飛び起きた。

 

夢にしては、やけに嫌な感じが尾を引き、刃に刺されかけた胸がズキズキ痛む。

 

 

 

(これ、もしかして夢じゃなくて……)

 

 

 

ひとつの心当たりが芽生えた。

 

 

 

「霜月、大丈夫か?」

 

「超うなされてたけど、正気?だいじょーぶ?」

 

 

 

霜月が寝ていた布団の傍に控えていたアラクと朱燕が心配そうに覗き込む。

シマキもアラクの肩の上から身を乗り出して霜月を見下ろしていた。

 

翳はというと、部屋の隅で3人の様子を何故か不機嫌そうに横目で観察している様だった。

 

霜月は部屋の中をキョトキョト見回した。

 

 

 

「……ここどこだ?」

 

「朱燕率いる凶片狩部隊の拠点だ。君は紫毒に飲まれかけてこれまで気を失っていたんだ」

 

 

 

十番国に構えられた凶片狩部隊の拠点。

敷地内には隊員全員分の宿舎と集会所などを備え、最たる特徴である紫彗片を観測するための「観測塔」がそびえ立つ。

 

宿舎の一角、隊長である朱燕が使用している部屋に霜月達は居た。

 

 

部屋の小窓から茜色の光が差してきている。もう夕刻だった。

 

そんなに寝ていたのか、と小窓から差す光を眺めた。

眺めながら、先刻芽生えた心当たりを思い出した。

 

 

 

「ああっ!!」

 

「!?何だいきなり」

 

「あのな、俺、ちょっと思い出したんだ」

 

「……何をだ?」

 

 

 

霜月は、自分がかの村にやってくり以前の記憶を根こそぎ失っていることと、夢の内容をこの場の全員に向けて話した。

 

 

 

「成る程な……。君が火万気を知らずして会得していたのも、夢の中の炎と関係しているのかもしれないな。しかし、最も気になるのは……」

 

「霜月くんと誰かさんを追っかけてきた奴が、紫彗片の剣を持ってたことだねえ」

 

「俺も、一番気になったっていうか、なんか……すげー嫌な感じがした」

 

 

 

普段の快活な表情を置いて、霜月は俯いた。微かに震えてさえいた。

嫌な記憶だけでは終わらない、霜月の感情をここまで暗く支配する「何か」が潜んでいるのかもしれない。

 

アラクと朱燕は一瞬示し合わせるように視線を交わした。

 

 

 

「どうも、君の記憶の鍵は紫彗片らしいな。……私たちとしても、紫彗片に関わるとあらば君を見過ごしてはおけない」

 

「えっ……俺捕まるのか?」

 

「はは!まさかぁ。君に協力するって話さ。凶片狩として、ね。紫彗片や紫毒に触れれば、今みたいに記憶が蘇るかもしれない。そしたら俺たちにも君が関わった紫彗片絡みの出来事を知る事が出来る」

 

「なる……ほど!それってなんかいい感じだな!」

 

「だろ?」

 

 

 

どこまでを理解したのかは例の如く分からないが、納得はした様だった。

 

 

 

「では、互いに協力し合うということで、いいかな?」

 

「おうよっ!」

 

 

 

こうして、霜月は凶片狩と行動を共にすることになった。

 

そして、話題は取り逃がした加工屋のことへと切り替わる。

 

 

 

「さて……捕らえた盗賊たちが白状してくれるかだな。そろそろ私たちに与えた地図が偽だと割れているかな」

 

「……あの」

 

 

 

これまで不機嫌そうに押し黙っていた翳が、割って入ってきた。

 

 

 

「何だ?」

 

「聞きたいことがあるんですが」

 

「ん、なになに??」

 

 

 

アラクと朱燕が耳を傾ける。

霜月もきょとんとして翳を見た。

 

 

 

「加工屋の場所を眩ませたいだけならあんな罠を用意することなどない筈です。何故そこに疑問を抱かなかったんですか」


「!……」

 

 

 

アラクと朱燕は、一瞬だがあからさまに驚きと焦りの色を見せた。


 

 

「彼等はただの盗賊ではないことを知っていたんでしょう。……僕らは一体何に協力しようとしているんですか」

 

 

 

アラクたち凶片狩は、翳の言う通りあの盗賊たちが『普通ではない』ことを知っていた。

故に、盗賊たちが渡した地図に示された場所に、紫毒の罠が張られていることも有り得ることだと予測していたのだ。


翳はそれを見抜いていた。


睨むような、しかし何かを見据えるような鋭い目で、アラクと朱燕の答えを待つ。

 

 

 

「……残念ながら、どちらも君達に話すことは出来ない。しかし」

 

「しかし?」

 

「凶片狩に入る、というのならば話は別だ」

 

 

 

翳は先刻までの仏頂面から転じて、表情にほんの少し光が差した。

 

 

 

(その言葉を待っていた)

 

 

 

強く頷き、言い放つ。

 

 

 

「最初からそのつもりでした」

 

「……ほう」

 

 

 

アラクが、面白い、と言いたげに表情を緩めた。

 

 

 

「ならば、次に行うことになる加工屋の制裁にて資質を測ろう。晴れて資質有りと認められればすべてを話そうではないか」

 

「望むところです」

 

 

 

これにも強く頷いてみせた。

 

彼等の様子を訳も分からず見ていた霜月が、期を窺い口を開いた。

 

 

 

「なあなあ、俺は?俺は?」

 

「お、なーに?霜月くんも入りたいの?」

 

「おー!翳ばっかりズルイぞ!それに、入ればもっと紫彗片に近付けるんだろ?そしたら俺ももっともっと色々思い出すかもしれないじゃん!」

 

 

 

いつもの快活な笑顔で言った。

 

翳のように強い意志は見られず、多少の不安はあったが、それでもアラクと朱燕は受け入れた。

 

 

 

「それもそうだね。それじゃ君にも加工屋潰し、全力で頑張って貰わないとねー!」

 

「おーー!!やってやるぜ!!」

 

 

 

こうして、霜月と翳は凶片狩への入団候補となった。

 

 

 

(最初からそのつもりなのは、こちらも同じだったよ。……有難い)

 

 

 

今の凶片狩には、先に控える「重大な戦い」を制するために、どうしても力のある有志が必要だった。

 

 

 

 

ーー話が纏まって丁度に日が沈み、一同は晩餉や風呂を済ませ、床に就いた。



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コメント: 4
  • #1

    tamatyanX (日曜日, 09 11月 2014 16:25)

    いいですね……!こういう話、読みたかったんです。
    このあとどうなるか、楽しみで妄想が膨らんできました。
    更新気長に待ってます_φ(^ ^ )

  • #2

    meishinkatari-sousaku (日曜日, 09 11月 2014 17:27)

    >>tamatyanXさん
    有難うございます!そう言っていただけてとても嬉しいです!
    金曜日をまた楽しみにしていてください(^^)

  • #3

    C (火曜日, 11 11月 2014 20:52)

    とても面白い作品で、毎週楽しみにしております。
    更新頑張って下さい、応援しております。

  • #4

    meishinkatari-sousaku (火曜日, 11 11月 2014 23:44)

    >>Cさん
    応援有難うございます!頑張ります(^^)