1-6 万気




「チッ……あんた、凶片狩か」
 
 
 
盗賊の長が、立ちはだかる白い剣士に問うた。
 
 
 
「いいえ」
 
「ならあんたもこの紫彗片を狙ってやがんのか?」
 
「貴方達と一緒にしないでください」
 
 
 
表情も語調も抑揚が無く、淡々と返す白い剣士。
その後間髪入れず、問答無用と言いた気に刀に手を添えた。
 
 
 
「……まぁ、何だっていい。邪魔立てするってんなら誰だって同じことさ!」
 
 
 
長がそう言い、手を振り上げると、側で控えていた5人の仲間らが剣士を囲み一斉に刀を抜いた。
 
相手は一人。数で押せばなんとかなるだろうというなんとも浅はかな考えだった。
 
 
剣士は視界に入る2人の僅かな動きを注視しつつ、背後の3人の気配を窺う。
 
なかなか動こうとしない剣士に、長は苛立ちながら告げた。
 
 
 
「何だ、あんたが来ないならこっちからいくぞ」
 
 
 
その言葉を合図に、剣士の背後に居る仲間ら3人が雄叫びを上げながら剣士を攻撃しようと駆け出した。
 
剣士の真後ろの者は突きを、左手の者は斬り下ろしを、右手の者は横薙ぎを。
 
順に少し間を空けて接近しながら、それぞれ刀をその型に構える。
 

すぐに真後ろの者が剣士の間合いに入るが、二番手の左手の者が追い付くぎりぎりまで剣士は動かなかった。
 
そしてまさに真後ろの者が剣士の背を刺そうと走り込む勢いのまま刀を突き出したとき、ようやく剣士が動いた。
 

さっと右へ身を動かして突きを躱し、左足をひっかけ、突きを放ってきた真後ろの者を前へ倒す。斬り下ろしを放とうと踏み出していた左手の者は倒れた仲間に蹴躓き、ばたんと前へ転げた。
 
続いて剣士は迫る三番手の横薙ぎを、素早く刀を抜いて受け、そのまま相手を刀ごと地面へと押し倒した。


指折り数えぬ間の出来事だった。
 
 
 
「こいつ…背中に目でも付いてんのか?」
 
 
 
殺気を微塵も隠すことなく、ただ大声を出して脅しかける。
彼らが普段、反撃の術を持たない弱者ばかりを餌食にしているためについたこの習慣は、剣士にとっては彼らの攻撃の手を探る絶好の材料でしかない。
 
背後の3人は、自覚なく剣士に攻撃の手を知らせていたのだった。
 
 
 
「……」
 
 
 
剣士は無言で、目の前に立つ残り2人を睨み付ける。
 
先程の3人は怪我こそ負わされていないものの、それでも剣士の実力は2人には十分に伝わった。
怖気づき、なかなか剣士に迫れず、また時間だけが過ぎていく。
 
 
 
「何してる!早くしねえと凶片狩に見つかっちまうぞ!」
 
 
 
既に見つかっているとは露とも知らず、長は2人を叱咤した。
 
それでも動かない2人に痺れを切らし、次に隣に控える赤毛の少年に指示を出した。
 
 
 
「もういい、お前が行きな、黒縄(こくじょう)!」
 
 
 
赤毛の少年……黒縄がこくりと頷くと、素早く剣士の目の前に躍り出る。
 
剣士は刀を納め、居合いの型を取りながら、黒縄を見据えた。
 
程なくして、黒縄が持つ気配の特異に気付き、表情こそ動かさぬものの警戒を強めた。
 
 
 
(……火だ)
 
 
 
そう思った丁度そのとき、黒縄がニッと笑いながら両腕に炎を纏い、一気に間合いを詰めてきた。
 
炎を纏った拳打や蹴りが息をつく間もなく繰り出される。
先刻の者たちよりも卓越した、しなやかな鞭にも似た体さばき。だが剣士にはまだ躱す余地のある速度だった。
 
躱しながら、黒縄の「炎による攻撃」を把握していく。
 
攻撃の合間の僅かな隙も見えていたが、それでも剣士は攻撃に出ない。
 
その理由は、剣士の内にある「力」だった。
 
 
 
 
 



「あいつ、全然攻撃しなくなっちゃったぞ!何でだよー!」
 
「ふむ……」
 
 
 
盗賊たちと剣士の様子を遠くの木陰から窺っていた霜月とアラク。
 
霜月は剣士の消極的とも取れる行動に苛立ちを感じていた。
 
 
 
「炎の格闘だって全部よけられてるんだから大丈夫じゃん!!いけよーっ!」
 
「大丈夫じゃない理由があるからああしているのだろう」
 
「何だよそれ!」
 
「彼も恐らく『万気(ばんき)』使いだ。しかも炎と対極に位置する」
 
「ばんき??何だそりゃ?」
 
「……知らないのか?」
 
 
 
万気、という言葉とその概念くらいは、使わぬ者たちの間でも広く知れ渡っている筈だった。
 
霜月の記憶からはそれも消え失せてしまっていたらしい。
 
 
 
「万気とは火や水、風などといった物資や現象を操る力のことだ。かの赤毛の彼は火万気の使い手。そしてあの若い剣士が火万気をあそこまで警戒するのは、恐らく彼が火万気を苦手とする万気を持つからだろう」
 
「へえー!そうだったのか!万気ってすげーな!」
 
 
 
好奇心をそのままに興奮気味に身を乗り出す霜月。
 
アラクはやれやれと溜息をつき、続けた。
 
 
 
「万気による火は、相性の悪い者が触れれば普通命に関わらない程度の火力でも危険なのさ。他の万気でも同じことだ。故に必要以上に警戒せねばならない」
 
「え、じゃああいつ今割とやばいのか?」
 
「そうだな。しかし彼とて己の弱点を把握していない訳ではないだろう。何かしら対策を……」
 
「なら助けねーとダメじゃんか!!」
 
 
 
アラクの言葉を遮り、霜月は木陰から鉄砲玉の如く飛び出していった。
 
 
 
「こら、待て!」
 
 
 
再び溜息をついてから、アラクも急いで霜月の後を追った。