1-4 出立




「っ!?な、何だよ……!!」
 
 
 
突如現れた突風に、青年と村長は思わず目を瞑る。
が、風は思っていたよりもすぐに止んだ。
 
二人が目を開けると、そこには巨大な黒い鼬のような獣と、それに跨る黒尽くめの女の姿があった。
 
 
 
「一足、遅かったか……」
 
 
 
女は一言呟くと、獣の背を降りて二人に近付いていく。
 
 
 
「この辺りに盗賊が出没するようになったと聞いて嫌な予感はしていたが、的中してしまった様だな」
 
 
 
荷車が付けた轍を見て一言こぼした。
 
突然現れては知った様な口をきく女に、青年はむっとしながら前に出ようとしたが、村長に制され渋々引き下がった。
 
 
 
「その口振り……凶片狩の者だね?」
 
 
 
村長に問われ、女はいかにも、と答えを返した。
 
 
 
「凶片狩の、アラクという者だ」
 
 
 
女ーーアラクは凶片狩の証である、大国主(おおくにぬし)の刻印が刻まれた小さな石板を提示した。
 
彼女によれば、近頃エイレイ地方……特にここトキヨ国にて、凶片狩や役人の目を盗み紫彗片を狙う輩が増えてきているらしい。
 
 
 
「貴方、あるいは貴方の村の者が発見した紫彗片を、盗賊に引き渡したこと、間違いないな」
 
「へえ。……やはり、儂等は罰せられるのかい?」
 
「致し方無い事態ではあったと思うが、それなりの責任は負っていただくことになろうな」
 
 
 
アラクのその言葉に、押し黙っていた青年が声を荒げた。
 
 
 
「村のみんなのせいじゃねえ!!盗賊にあれを渡しちまったのは俺のせいなんだ!!」
 
 
 
村長は、おい、とまた青年を止めようとするが、今度は聞かなかった。
 
 
 
「俺が盗賊に刃向かって怒らせちまったんだ。だから俺の責任なんだ……俺がちゃんと、あれを……紫彗片を取り返すから、村は許してやってくれ」
 
 
 
紫彗片を横取りしよう、などという魂胆は微塵も無い。
 
村長とアラクにも、青年の意思は素直に伝わってきた。
 
アラクは暫く考え込んだ後、口を開く。
 
 
 
「凶片狩以外の者と連れ立つのは避けたかったが、君の気も分からなくはない。……それに」
 
 
 
と、じっと青年の瞳を見据える。
 
青年は動じることなく、懇願するように真っ直ぐアラクを捉えた。
 
 
 
「……君には底知れない力を感じる」
 
「えっ?」
 
 
 
ぼそりと呟かれた言葉に疑問を挟む余地もなく、アラクの次の言葉が紡がれた。
 
 
 
「私についておいで。君と共にかの紫彗片を追う。私は君の責任の『手助け』をしよう。村のことも今回は目を瞑ろう。……もっとも、村長殿が許せばの話だが」
 
「!!い、いいのかっ!?」
 
 
青年はぱっと明るくなり、今度は村長の方を向いて懇願した。
 
 
 
「これで村は罰せられずに済むんだ!な、いいだろっ?」
 
「ふむ……」
 
 
 
村長には、アラクが何かしらの意図を隠している気がしてならなかった。
しかし、村のことを思えば選択すべきはただひとつ。
 
 
 
「……あぁ。凶片狩のお方が一緒なら安全だろう……行っておいで」
 
「!!ありがとう!」
 
 
 
 
 
青年は村長に手を振りながらアラクと共に黒い獣に飛び乗った。
 
 
 
「そういえば、名を聞いていなかったな」
 
「俺のか?俺は、霜月(そうげつ)ってんだ!」
 
「霜月、か。宜しく頼む。……では、行こうか」
 
 
 
やり取りが終わるのを合図に黒い獣は突風を放ち、急加速しながら盗賊の荷車の轍を追って駆け出した。
 
 
 
 
 
青年ーー霜月は、アラクが自分を見出した本当の意味を露とも知らずにいた。
 
しかし霜月にも、内に秘めた別の目的がある。
 
 
 
(紫彗片、あれにもう一度近付ければ、何か思い出せそうな気がする)
 
 
 
霜月にとって紫彗片は、無くした記憶の手掛かりでもあった。
 
 
 
そうして二人は互いの真の目的を明かさぬまま、紫彗片奪還を目指すのだった。