1-3 切欠



役人と凶片狩よりも先にやってきた思わぬ来村者。それは紫彗片を狙ってやってきた盗賊だった。
 
 
村人の一人からの知らせを受けた村人たちと村長、そして青年は、家屋の陰に身を潜めながら盗賊らの様子を窺う。
 
盗賊の長であろうやさぐれた中年の男、隣には長い赤毛を持ち前髪で右目を隠す少年、その背後には十数人の仲間たち。仲間の一人は少しの荷が積まれた荷車を引いていた。
 
 
 
「この村か、近くの森ん中に落ちた筈だろ?さっさと教えな!」
 
 
 
盗賊の長はそこに居合わせた村人の胸ぐらを掴み上げ、刀の切っ先をちらつかせ脅しをかける。
 
その様を見ていられなくなった青年は、家屋の陰から飛び出さんと身を乗り出した。
 
 
 
「まあ、待ちな」
 
「なっなんでだよ!あいつ、あのままじゃやられちまうじゃねーか!」
 
 
 
青年を制したのは、村長。
 
 
 
「儂等じゃ絶対に敵わん。ここは下手に刺激せずに、話し合いをするべきだぁよ」
 
 
 
村長の一言に、青年はむう、と唸りながらも応じて引き下がった。
 
 
村長は盗賊たちのもとへと歩み寄っていく。
 
青年と村人たちは、不安ながら彼らの接触を見守るしかなかった。
 
 
 
「待ちなぁ。下ろしてやってくれねぇか」
 
 
 
村長が盗賊の長へ穏やかに話しかける。
 
盗賊の長は村人を離さないまま、村長を睨みつけた。
 
 
 
「あ?代わりにアンタが場所を教えてくれるのかい?」
 
「まずそいつを下ろしてやってくれねぇか。ついでに、その物騒なモンも」
 
 
 
殺気立つ長とは対照的に、村長はなお穏やかな口調で頼み込む。
 
長はひとつ舌打ちをして村人と刀を下ろした。
下ろされた村人は素早く村長の背後へと避難し、事の経過を見守る。
 


「さあ、下ろしたんだから、教えな」

「教える、とは一言も言ってねえべ。…折角村に来て貰った矢先悪ぃが、どうか引き返してくれねぇか。アレの場所を教えれば、儂等も、あんたらも、罰せられちまう」

「はぁ?オレらが簡単に捕まると思ってんのか?それに、アンタらがどうなろうが知ったこっちゃ無いね」



話は平行線だった。
しかしこれこそが村長の狙い。こうして役人か凶片狩が来るまでの時間稼ぎを図っていたのだ。

長はニヤリと笑っては、刀の切っ先を村長へ向け、さぁ教えなと脅しかける。
村長は屈さず、強く長を見据えながら次の言葉を発しようとした。

が、そのとき。



「危ねえーっ!!」



青年が、とうとう我慢しきれずに飛び出した。

走り込む勢いのまま、驚いて隙の出来た長を思い切り突き飛ばす。



「なっ、てめえ!!」



長の怒号を合図に、赤毛の少年と前列に居た数人が青年を捕らえにかかる。

青年は素早くそれを躱し、これまた素早く起き上がった長の刀が続けて襲い来るも、青年はことごとく回避してみせた。
さらに、再び青年に掴み掛かる数人の盗賊の仲間たちの懐に飛び込み、当身や頭突きを立て続けに食らわせた。



(こ、こいつっ……)



たかだか村の若人と侮っていた長は、青年の動きに動揺する。

しかし当の青年も、自らの身のこなしに驚いていた。



(俺、こんなこと出来たのか……!頭じゃなくて、体が覚えてるかんじだ……)



記憶ではなく本能が、「戦う」ための力を覚えていたのだ。
何故そんなことを覚えているのか、本人にも知る由もない。


驚きと感激の情により、青年に僅かに隙が出来た。
その隙を、赤毛の少年が見計らい、青年の脇腹に強烈な蹴りを見舞う。



「がッ……!」



食らった勢いのまま一瞬宙に浮き、地面に叩き付けられるも咄嗟に取った受身のお陰で痛みを最小限に留めた。



「くそっ……まだまだ!」



脇腹を押さえながら立ち上がり、赤毛の少年へ飛びかかろうとする。

しかしその瞬間、赤毛の少年がニッと笑ったかと思うと両腕に炎を纏い始めた。

青年は思わず動きを止める。



「大人しく紫彗片の在処を教えりゃ良かったものを……。村ァ焼き払われたいみたいだなぁ!」



長が歪んだ笑顔を見せて村人たちを威圧するように叫び、それに呼応して赤毛の少年の両腕の炎は勢いを増していく。

流石に肝を冷やした村長は、ついに観念してしまった。



「わ、分かった、場所を教える。だから村には手を出してくれるな」

「……ケッ、回りくどいったらありゃしねぇ」



長は赤毛の少年に炎を収めるよう目で促した。

村長は盗賊らを連れて、紫彗片を隠した場所へと向かい出す。

青年はしばらく立ち尽くしていたが、慌てて彼等の後を追った。





「へへっ、間違いなく昨日の晩に落ちた紫彗片だ」



山奥に隠した紫彗片のもとへやってくるなり、盗賊の長は仲間に命じて荷車に紫彗片を積ませた。



「しょっぴかれても命があるだけマシだと思いな!」



そう言い残し、盗賊たちは紫彗片と共に急いで走り去っていった。

その場に残された青年と村長は、呆然とその背を見送る。



「……ごめん。俺が余計なことしたから、こんなことに……」

「まあ、あんまり気にすんな」



自責の念に駆られる青年を、村長は優しく慰めた。


しかし、紫彗片を盗賊に譲渡してしまった事への罰とは、一体どんなものなのか……。

不安を背負い、村へと引き返そうとしたその時、二人の前に突如突風が吹き荒れた。