1-2 序曲



紫彗片。

紫彗が落としていく、美しい紫の光を纏う欠片。
見た目もさることながら、金剛石にも匹敵する硬度を兼備する至高の鉱石。

しかし、紫彗片はとある危険な性質を持っていた。



「……なあー、何でわざわざこんな山奥に隠す必要があるんだよ?どうせ役人か凶片狩(きょうへんがり)が引き取りに来るんだろー?」



紫彗片を青年と村人数人がかりで山奥へと運んでいた最中、青年が問いかけた。



「村に置いといたら危ねぇからさ」

「どう危ないんだよ?」

「紫彗片にはなぁ、近寄る人間の心を狂わせる妙な力があるって噂があるんだ。そんなもん、ずっと置いとける訳ねえだろ」



紫彗片自体の魅力も多くの人々を狂わせて止まない。
しかしそれに加え、紫彗片には人間の精神を汚染する不可視の毒素「紫毒(しどく)」を有するものが存在する。

そのため、紫彗片の所持には役人または「凶片狩」という紫彗片の管理組織を通さなければならない。


村に落ちた紫彗片がもし紫毒を持っていたら、村全体が紫毒の餌食。

それを危惧した村人達は、紫彗片を村からなるべく遠ざけようと山奥へと運び出したのだった。



「げー……そうだったのか。でも、そんなもんでもみんな欲しがるんだな。不思議だよなぁ」

「そんくらい価値があるんだろ。おれらにゃあよく分からねぇけどな」

「しかも装飾品だけじゃなくて武具にも加工されることがあるんだとよォ」

「もし紫毒持ちの紫彗片だったらさながら妖刀だねぇ」



ぼやきながら紫彗片を適当な場所で降ろし、走って村まで退散した。

青年は背にさす紫彗片の気配が気になり、時折振り向く。

抜け落ちた筈の過去の記憶を、あれが刺激してくる。
しかし、ただそれだけで何も思い起こすことはなかった。



「……すっげえモヤモヤするなぁ……。まあ、いっか」



思い出せないものは思い出せない、とすぐに考えるのをやめる。

しかしそれが、思い出すことを拒んでいるように思えて、結局一晩中青年の心に引っかかることとなったのだった。


 



朝になり、村人たちはそれぞれの仕事にかかり始めた。

何人かはもし役人か凶片狩がやってきたときにすぐ対応出来るよう村長宅で待機し、その中には青年もまざっていた。


青年は退屈と寝不足による欠伸を連発させつつ、外の音に聞き耳を立てる。



「早く来ねーかなー…」

「なに、じきに来るべさ」



青年の誰に向けた訳でもない呟きに、村長が相槌を打つ。



「それにしてもお前、欠伸ばっかだなぁ。眠れんかったかえ?」

「んー。考え事してたからなー」

「へえー、お前さんが考え事なぁ」

「な、なんだよその俺が普段なんも考えてねーみたいな言い方!」

「事実だろぉ?」

「なにーっ!!」



会話の中に嫌味を割り込ませてきた村長を指差し、青年はムキになって立ち上がる。

その様子に一同から笑いがこぼれた。



そんな和やかな空気の中、駆けてくる村人の足音が村長宅へと近付いてきた。

役人か凶片狩の来村を知らせに来たのだろう。

と、この場の誰もがそう思っていた。



「来たかー!早く紫彗片のとこまで案内しねーと!」



青年が真っ先に玄関口へと飛び付く……よりも先に、駆けてきた村人が勢いよく玄関の中へ入ってきた。



「うおわあっ!?びっくりさせんなよ!!」

「……、」



駆けてきた村人から返事はなく、余程全力疾走だったのか激しく息を切らしていた。
 
その只事ではない様子に、青年と村人たちの間に不安が走る。



「ど、どうしたんだ?なんかあったのか……?」

「……と、」

「と?」

「盗賊、盗賊がっ……紫彗片を出せって……」



切らせた息からやっと発せられた言葉。

それは、思わぬ来村者を告げるものだった。